信じる心が導くもの #22


トカゲくんの親が語り終えたあと、空間には長い沈黙が漂っていた。


彼は地面に視線を落とし、深く頭を垂れていた。


その姿は、まるで過去の行いを悔いているかのように見えた。


ネコサウルスは、その話を聞きながらただ呆然としていた。


想像すらしていなかった真実に、言葉を失っていたのだ。


やがて、トカゲくんの親は再び口を開いた。



「そう……君の言う通りだ。俺は親失格だよ。愛する妻も守れなかったし、その絶望に押し潰されて、自分の子供を見捨てたからな。」



その声を聞いた瞬間、ネコサウルスの胸に罪悪感が芽生えた。確かに彼の行動は正しいものではない。だが、これ以上責めることはできなかった。


最後に、ネコサウルスはもう1つ聞くことにした。



「でも……どうして氷の中に入ってた?」



ネコサウルスは、彼の機嫌を害しないよう慎重に問いかけた。彼の話の中には、氷に関する内容がなかった。確か彼は最初に会った時、氷の中から出てきたのだ。



「それが分からなくて聞くのか?」



ネコサウルスの質問に、トカゲくんの親は苦笑し、低く答えた。



「当たり前だろう。ロアを失ったあと、俺はもう耐えられなくなったのさ。この頑丈な体は何千年も生きられるというのに、精神はその長い年月に耐えられないと悟ったからだ。だから自分を氷の中に封じ、世界との接触を絶ち切った。そうすれば、ロアを失った痛みを感じなくて済むし、死が訪れるその時まで、長い時間を苦痛なく耐えられる。」



その言葉は、ネコサウルスの胸を鋭く突き刺した。


それは、妻と子を心から愛していたからこその行動だったのではないか、そう思えてならなかった。


先ほどまで彼に浴びせた冷たい言葉が、急に重くのしかかった。



「……ごめん。」



ネコサウルスが小さな声で謝ると、トカゲくんの親は少し驚いたように目を見開いた。



「…大丈夫だよ。むしろ君のおかげで、自分の過ちを反省するきっかけにもなったし…話を聞いてくれてありがとう。ずっとひとりで抱え込むのは、とても大変だったんだ。今は心の中にずっと溜め込んであった感情が晴れてきた気分だ。もうこれ以上、一匹で氷の中に閉じこもる必要もないだろう。」



穏やかなその言葉に、ネコサウルスの心も少しずつほぐれていった。気づけば、彼女の口元に微かな笑みが浮かんでいた。


今回は、トカゲくんの親がネコサウルスのいる方に顔を向けると、こう尋ねた。



「あの、俺も一つ聞いていいか?......どうやら君には何かがあったようだ。フランとは別れたと言ったが、本当は何かがあったんだろう?俺の予感は間違っているのか?」



トカゲくんの親は、まるで何かに気づいているかのように問いかけた。その言葉に、ネコサウルスは静かにうなずいた。それは、肯定の意味だった。



「それを俺にも聞かせてくれないか?あの時、何があったのかはわからないが、きっと君もそれで苦しんでいるはずだ。一度吐き出せば、少しは気が楽になるだろう。」



彼のその促しに導かれるように、ネコサウルスはこれまでトカゲくんとあった出来事をすべて話した。


どのように出会い、どのようにして友達になったのか。


どんな冒険をしてきたのか。


どんな苦難に出会い、それを乗り越えてきたのか。そして、なぜ別れたのか――などを。


話している間、トカゲくんの親は黙って聞き入っていた。表情は真剣で、言葉の一つひとつを胸に刻んでいるようだった。それは驚きと同時に、自らの責任を痛感する表情でもあった。


ネコサウルスの話をすべて聞き終えたあと、トカゲくんの親はしばらく黙り込み、やがて静かに口を開いた。



「なるほど……そんなことがあったのか。だからフランの近況が分からないわけだ。自然災害に巻き込まれるなんて、あまりに運が悪いね。」



重く沈んでいた空気は、いつの間にか和やかなものに変わりつつあった。


けれど、トカゲくんの親の視線はどこか遠くを見つめ、深い思索に沈んでいた。



「ということは……まだフランが生きているかどうかすら、分からないってことか。」



ネコサウルスは小さく頷いた。それこそが、彼女を悩ませ続けてきた問題だったからだ。


だがその瞬間、トカゲくんの親の瞳はふと強い光を宿した。



「でもなあ、俺は一度フランのことを信じてみたい。確かにフランは弱いし、嵐の影響で、すでに命を落としてしまったかもしれない。でもフランは俺の息子なんだ。俺は、自分の息子がそう簡単に死ぬとは思わない。無論、確信が持てるわけではないが……それでも俺は、一度だけ、自分の息子を信じてみたいんだ。」



その言葉には、不思議な力があった。ネコサウルスの胸の奥でくすぶっていた希望が、再び小さく灯るのを感じた。血を分けた者が、簡単に滅びるはずがない。心のどこかで、ネコサウルスも同じことを信じていた。



「嵐は……ジャングルの森の方から発生したってこどだな?」



トカゲくんの親の問いに、ネコサウルスは力強く頷いた。なぜこんなことを聞くのかはわからなかったが、とにかく肯定した。



「……やはり、そうか。」



彼は遠い記憶を辿るように目を細め、小さく何かを呟いた。その声はネコサウルスには届かなかった。


次の瞬間、考え込んでいた彼は巨体を揺らして立ち上がると、左右の翼を大きく広げた。そして、ネコサウルスに言った。



「今からフランを探しに行く。……君も、俺についてくるか?」



その予想外の言葉にネコサウルスは驚いた。だが迷うことなく、口が勝手に「うん」と答えていた。


ネコサウルスは彼の背に飛び乗り、ざらついた鱗の感触を足で感じながら、空へと舞い上がった。


空間の天井に開いた穴を抜けると、眼下には森の夜景が広がっていた。月光に照らされた木々は銀色に輝き、あまりの美しさに歓声を漏らしそうになる。


風を切り裂き、想像を超える速さで夜空を駆け抜ける。


そのとき、トカゲくんの親は空を飛びながら心の中で呟いた。



(もしこの猫があの嵐に流されてここに辿り着いたのなら、フランもきっと近くにいるはずだ。いつも空を飛び、風の動きを誰よりも知っている俺にはわかる。あとは……フランが生きていることを、願うのみだ。)



---



白熊の事件以来、トカゲくんはペンギンたちのリーダーとなり、群れの中央に立つ存在となっていた。


毎日仲間の視線を毎日浴びることに、少なからずの重圧は感じてはいたが、それでも前のように粗末に扱われていた日々に比べれば、はるかにましだと思えた。


何より、食料と安全が保証されたことが大きかった。


また、トカゲくんを最初に拾い上げてくれた親ペンギンも、今ではリーダーとなった彼のすぐ傍に寄り添っていた。


その姿は誇らしげで、どこか嬉しそうに見えた。


長らく群れの端に追いやられていた頃を思えば、今の状況はまさに夢のようなはずだった。


リーダーとなったトカゲくんが最初に取り組んだのは、ペンギンたちの「序列」を廃止することだった。


頂点と最底辺を両方経験したからこそ、彼にはこの世界の歪みが見えていた。


子を持つ親は上の階級、子を持たぬ者は下の階級。


そんな不公平は間違っている。


むしろ皆が協力し合った方が、群れはもっと強くなるはずだ、とトカゲくんは考えた。


彼はまず、群れの端に追いやられていた“下の階級”のペンギンたちの位置を、時間ごとに交代させる仕組みを導入した。


誰もが群れの中心を経験できるようにすれば、不満は減り、公平が保たれると考えたのだ。


だが、それは大きな挑戦でもあった。


長く序列の世界に慣れていたペンギンたちにとって、その改革は刺激的であり、反発の声も上がった。


特に、これまで群れの中央に居続けた“上階級”のペンギンたちはトカゲくんの新しい制度に不満を漏らした。


それでも、より多くのペンギンたちがトカゲくんを支持した。


彼の誠実さと、皆のためを思う姿勢は次第に群れに受け入れられ、新たな秩序は徐々に根づいていった。


序列のなくなった群れを見渡すトカゲくんの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。


これこそが自分の望んでいた姿。


夕焼けに照らされた海がやけに美しく輝いて見える。


その光景を眺めながら、トカゲくんは心の奥から喜びを噛みしめていた。


確かに自分は弱い。


一匹では何もできない。


だが、この世界は強さだけで支配されるものではないのかもしれない。


大切なのは、自分が何を望み、どう行動し、それを決して諦めないこと。


彼はこれまでの歩みを振り返りながら、確かにそう思った。



---



新しい秩序を築いたあと、トカゲくんはさらに大きな決断を下した。


ペンギンたちを、この場所から移住させることだった。


最近、獲物は減り始め、気温は日に日に上がっていた。


雪は溶け、仲間たちの体力を奪っている。


世話をしてくれた親ペンギンの体からも、最近は大粒の汗が流れていた。


それを見たとき、トカゲくんは「もうここには留まれない」と悟った。


ある日、群れを率いて移動が始まった。


ペンギンたちは長い列を作り、雪原を滑るように進んでいく。


トカゲくんは親ペンギンの背に乗り、先頭で指揮をとった。背中に揺られながら進むスピードは想像以上に速く、どこか楽しくすらあった。彼の厚いコートが風に靡く。


背中に乗ったまま進んでいると、やがて彼の右の方には雪に覆われた山と森が現れた。雄大でなその景色に、なぜか胸が締めつけられる。理由は分からなかった。ただ、懐かしいような感覚が込み上げてきた。


やがて群れ全体で移動していたペンギンたちは海に近い新しい場所に到着していた。


ここは前よりも寒く、ペンギンたちには過ごしやすい環境だった。


無論、トカゲくんにとっては残酷ともいえる冷気だったが、リーダーとして仲間を守るため、その痛みも受け入れる覚悟があった。


もう、ここで生きていくのだ。


帰る場所などどこにもない。ペンギンたちと共にあることこそ、自分にとって最も正しい選択だとトカゲくんは信じていた。


そうして新たな地での生活が始まった。


群れはいつものように陣を組み、寒さに耐え続けた。リーダーであるトカゲくんは、当然その中心に立ち続けた。この陣列はリーダーを中心に作られていた。


トカゲくんはその場所で長い間留まり、同じ生活を繰り返していた。


それはペンギンのリーダーに課せられた責任であり義務だった。


すべてはペンギンたちの存続と繁栄のために。


その日が訪れるまでは。


その日は、いつもと大差ない日だった。


小さな雪がしんしんと舞い、風は心地よく吹いていた。何も特別なことはない……はずだった。


だが、その日を特別にしたのは、空から響いてきた「ある音」だった。


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