第23話「逃げる夜」

家を飛び出して、暗い夜道をただ走った。

 涙で前が見えない。

 でも立ち止まったら、心まで折れてしまいそうで——。


(嫌だ……もう引き離されたくない)


 公園のベンチに座り込んで、息を切らしながら泣いていると——


「葵!」


 聞き慣れた声が響いた。

 顔を上げると、息を切らしたお兄ちゃんが駆け寄ってくる。


「よかった……無事で」


 その言葉に胸がいっぱいになり、思わず抱きついた。


「お兄ちゃん……私、もう戻りたくない」


「……分かった。じゃあ今夜は俺と一緒に行こう」


 手を引かれて、夜の街を歩く。

 向かったのは、学校近くの安いビジネスホテルだった。


「……本当に、ここでいいんですか?」


「今夜だけだ。落ち着いたら母さんに連絡する」


 鍵を受け取り、二人で部屋に入る。

 小さな部屋に二人きり——心臓が早鐘を打つ。


「……お兄ちゃん、怖いです」


「大丈夫。俺がいる」


 そう言って手を握られた瞬間、涙が止まった。

 世界中の誰が反対しても、この手だけは離したくない。


(絶対に、一緒にいる)


 その夜、狭いベッドの上で肩を並べ、朝まで何度も手を握り合った。

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