第3話 修了試験大会
「くっ……」
一瞬怯んだ五年生は、それでも再び拳を振り上げた。
「うるせぇ! お前もついでにボコしてやる!」
「間に合わない……!」
アルの声にリチャードが反応した。
彼はすぐ傍のテーブルに飛び上がると同時に、ポケットからコインを取り出し、二人に向かって放った。
ビシっ!と。
その一枚は五年生の顔に当たった。
「痛っ!」
五年生が思わず顔を歪めたが、キムは顔をヒョイと右へ傾けるように引き、もう一枚のコインを
そして、そのコインが放たれた先にいたリチャードに視線を向けた。
二人の目が合ったのは、このときが初めてだった。
「やめないか! お前たち!」
同時にサイモンの声が響いた。
「やば……四天王の連中だ。行こうぜ!」
五年生はもう一人に肩を押され、逃げる様にその場を離れた。
倒れ込んだイヴァンも、同級生の少年に支えられて立ち上がった。
「あんたも喧嘩弱いなら、吹っかけなきゃいいのに」
キムにそう言われ、イヴァンはムッとなって言い返した。
「悪いことをしたのはあいつらだ」
だが、生徒会役員の到着すると、イヴァンたちや見物人たちも、蜘蛛の子を散らす様にいなくなっていた。
「キムーっ」
その中をキムと同じ班で、パルクールの決勝に出場していた仲間の三人が駆けつけてきた。
「早いよ、キム」
息を切らしながらジノが話し掛けた。
「たって、人混みの中じゃ間に合わないぜ」
振り返りながらあっさりと答えるキムに
「だからって、机の上を飛んで行くことないでしょ。怒られるわよ」
ペティが呆れて言った。すると
「確かに、褒められたものではないな」
と、三人の後ろから声がかかった。そこには腕を組んだトムが立っていた。
見上げた二年生たちは、彼の襟の生徒会バッジを見て萎縮した。
「キムは喧嘩を止めただけです」
慌てて答えたジノに、アルが声をかけた。
「うん、見てた」
そう言いながら、傍のコインを拾っていた。
「余り感心しないけどね」
アルは、サイモンの後ろから来たリチャードへ歩み寄った。
「ほい、シグマ」
アルがリチャードにコインを差し出すと、彼は無言のままコインを受け取った。
キムはサイモンたちに頭を下げて謝った。
「すみませんでした」
それから上目遣いに、サイモンの後ろにいたリチャードに、再び目をむけた。
リチャードもまた、コインを受け取ったあと、目だけ振り返りながら、自分を見ているキムに視線を送っていた。
◇
「あの時の二年生か」
ようやく思い出したリチャードが呟いた。
「あの子、パルクールの試合でも断トツで速かったよな。走ると言うより殆ど跳んでたし」
感心しながら缶ビールを斜めに傾けるセオのそばで、サイモンも
「あの調子でパーラーの机の上を跳んだのなら、随分早く到達できたはずだ」
少し苦笑いを浮かべたまま、相槌を打った。
「他人の喧嘩に身を呈すとか、ヒーローのつもりか」
二人の話を聞きながら、リチャードが苦言を呈した。リチャードに目をやったサイモンが呟いた。
「親と関われないから、仲間と関わり合いたいんじゃないのか」
それもまた、彼らと同じ感情なのかもしれなかった。
廊下で会ったときの探るようなあの目。
あれは、本能的に敵と味方を見分ける野性の目だったのかもと、リチャードは思い返していた。
◇
寮の部屋の扉に手を掛けようとしたとき、誰もいない部屋から声が聞こえた。
よく聞くと、それは地理の教科書の内容のようにも聞こえた。ドアを開けると、キムが腹筋をしながら、デバイスから流れる問題に答えているところだった。
「いつもそうなのか?」
ふいに声をかけたリチャードに、驚く風でもなくキムは「はい」と短く答えた。
起き上がり、デバイスの音を止めたキムが向き直って聞いた。
「うるさかった?」
「別に、構わない」
短かく答えたリチャードに、キムは少し安心した笑みを浮かべて返した。
──案外、気を遣うやつなのかな。
だが、それが規律の上に成り立ったものではない問題児に、リチャードは思わずため息をついた。
◇
翌日の実戦科は、半日かけて行う二輪のオフロード車の実習訓練だった。
キムたちの班は、獣道を登り、ゴールを目指すCコースを走ることになった。
先頭は六年生のディランが任された。技術は班で一番だ。
その後ろに、自信のない四年生ネロが続いた。
三番手が三年生のキムで、最後尾には四年のリアムがついていた。
スタートの合図とともに、エンジンの唸りが山道に響いた。
泥を蹴り上げ、四台のバイクがゆっくりと動き出す。
ディランが先頭を走るうち、前方の左手にわずかな傾斜を見つけた。
草が少なく、タイヤ跡のない斜面――ショートカットになりそうな抜け道だ。
「こっちの方が早い」
独り言のように呟くと、彼はハンドルを左に切り、アクセルを開けた。
泥が弾け、後輪が獣道から外れた。
「え、そっち!?」
二番手のネロが慌てて体を傾けた。だが、足元はぬかるんでいたため、バランスが崩れた。
タイヤが空転し、バイクが左右に揺れたため、思わずクラッチを切った。
それでも、目の前でディランが近道へ入っていくのを見失いまいと、ギアを落とし、入れ直した。間髪を入れず、後方からキムが叫んだ
「ディラン! そこはコース外だ!」
本来の正規ルートは右へ緩やかに曲がっているコースだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます