第2話 実践科の少年
セオの部屋へ入り、リチャードが軽く挨拶を交わした。
セオは彼に発泡酒の缶を手渡した。
本来なら、セオの隣にいつも座っているはずのトーマスが今日はいなかった。
「彼、物資調達で今在庫整理中。それで抜けられないって言ってた」
セオは少し気落ちしながらも、二人に告げた。
「アルも仕事で来れないらしい」
サイモンが、少し残念そうな顔で呟いた。
彼ら五人は元の生徒会役員であり、その前からの仲の良い五人組だった。
リチャードが無言のままプルタブを起こすと、缶がカチリと小さな音を立てた。
それを見たサイモンが缶を掲げて言った。
「久しぶりの再会に乾杯」
そう言われ、三人は缶を重ねた。
◇
「リックがキムの担当になったんだって?」
缶ビールを一口飲んだセオが尋ねると、リチャードが質問を返した。
「ああ。でも特待って、結局は奨学生(学費免除)だよな?」
その質問にセオが答えた。
「養父母が嫌いで、自立するにはここしかなかったんだってさ」
そう言ってビールを飲むセオをリチャードが凝視した。
「養子なのか?」
驚きながら尋ねたリチャードにサイモンが答えた。
「五歳で養護施設から引き取られたって話だ」
そう言いながら、リチャードにナッツの袋を差し出した。
「養父母との折り合いが悪く、家を出るために、この学園を希望したらしいよ」
隣で缶を両手の中で転がしながらセオがいった。リチャードがその様子を見ながら、摘んだナッツを噛み砕くと、カリッと音が響いた。
「で? 世話になりたくなくて奨学生になったって訳か? でもそれくらいなら、うち(ミリタリー)でなくもいいだろう」
リチャードの質問にセオが少し目を伏せて答えた。
「夏休みにあるサマーキャンプ(強化訓練)に参加するためらしいよ」
その話を聞いてリチャードがため息をついた。
「よほど家に帰りたくないのか? 特待は学力でしか判断されないんだぞ」
奨学生は采配にもよるが、通常の基準は学年の上位20パーセントだった。
「そんなことなら、さっさと縁組解消すればいいのに」
「世間体なのか、養父母からの縁組解消の話は出ないそうだ」
そう言うと、静かな沈黙に包まれた。缶の中の泡が小さく跳ねる音が微かに聞こえた。
「くだらねえ」
不意にリチャードが呟いた。それから発泡酒を口に含むと、わだかまりを消すように口の中で泡が弾けた。
◇
「俺たち、前にあの子に会ってるよ」
ふいにセオが話しかけた。
「え?」
リチャードが発泡酒を飲みながら、目だけをセオに向けた。
「六月、学年末に初級の修了試験があっただろう。あの日さ」
その言葉に、3ヶ月前の大会の事を思い出した。
「……初級(中等部)の修了試験って、二年の各班対抗のパルクール(スピード)競技……あの後にあった
リチャードが聞くと、セオが軽く頷いて答えた。
「そう、あれ中・上級生(高等部)の間じゃ、賭け事の対象だから」
セオが苦笑い混じりに答えた。
「あのときは、五年が三年突き飛ばして、危うく怪我させそうになったんだよな」
リチャードも思い出したように、口元に手を当てながら話し始めた。
◇
“ガタン!”と荒い音がすると、少年がパーラーの椅子とともに吹っ飛んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
周りの小さな悲鳴とともに怒号が飛んだ。
「てめぇ!誰に口きいてんだよ!?」
円形の机を囲んで休憩してたリチャードたちも、その言葉にすぐに反応を示した。
「なにごと?」
一緒にいたアルが振り向きざまに立ち上がり、声を上げた。
「下級生が絡まれてる」
その声に反応するようにトム(タウ)が走り出した。同席していたサイモン(ファイ)、セオ(ロー)、リチャード(シグマ)も後に続いた。
彼ら四人は当時の生徒会役員だった。
「順番に並んでたんです。割り込まないで下さい」
威勢のよい声の主は三年生の学年委員長、イヴァンだった。
「お前らがさっさと前に進まねえからだろう」
相手は五年の二人組だった。
「詰めなきゃ列並びから外れたも一緒だからな」
悪びれもなく言う二人にイヴァンが食い下がった。
「僕たちの並んでいる列に無理やり割り込んだのは貴方たちです」
その言葉に五年の一人が睨みつけた。
「もういいよイヴァン……!」
突き飛ばされた少年が慌ててイヴァンの手を引いて止めた。
その頃、サイモンたちは叫びながら人混みをかき分けていた。
「生徒会だ、道を開けてくれ!」
だが、皆騒動に気を取られ、思うように進めなかった。
その先、群衆に囲まれた円の中にイヴァンたちはいた。
「危うく怪我をするところだったんです。謝ってください」
怯まないイヴァンの胸ぐらをぐいと掴んだ五年生が、
「誰に向かって口聞いてんだ!」
と叫んだ。振り上げた拳がイヴァンの顔面を狙った。その時だった。
ドンと。
何かに弾かれるようにイヴァンの体は押し出され、その場に倒れ込んだ。同時に庇うような背中が彼の前に立ちはだかった。
パシッと。
拳が掌に吸い込まれた。
左掌で拳を受け止め、右腕でその手を支えるようにクロスさせながら、二人の間に滑り込むように割って入ったのは、二年生のキムだった。
「先輩。喧嘩はご法度ですよ」
拳を捉えた掌の奥から、キムの茶色の瞳が、静かに射抜いていた。
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