第5話 旧知の悪夢
夕暮れ
その中央に、
目の前には、
僧衣の袖を静かにたたみ、司の目を見つめると、
「話したいことは、ないか?」
司は少しだけ頭を下げ、言葉を選ぶように口を開いた。
「
司の言葉を聞いた釈雲は、少しだけ視線を落とし、静かに口を開いた。
「それは、私の
司は少し目を見開いたが、同時にほっとした表情を浮かべ、師匠の優しさを感じた。
釈雲はその様子を見ながら目を細め、続けた。
「他になければ、私から聞いてもよいか」
司の顔に緊張が走り、かすかに震えた。
「お前の拳は正しいか」
釈雲の声に、
それが、逆に重く響いた。
「
司は少し目を伏せ、しっかりとした口調で答えた。
その中で、司の瞳が、かすかに潤んだ。
言葉にならない想いが、喉の奥で揺れていた。
「そうか。では、司よ」
釈雲は司を見据えたまま、続けた。
「拳を振るうとは、すなわち、何かを選び、何かを棄てるということだ」
その言葉に司はドキリと大きく脈打った。
拳を握りしめた司に、釈雲は間を置かずに続けた。
「その選びを、私は責めぬ。
——だが、“選び”には責任が
お前は、その覚悟を持って振るったか?」
司は自分の顔から血の気が引くのがわかった。
師父は拳を使ったことを見抜いていると悟ったのだった。
司の肩がぐっと沈んだ。だが、しっかりと頷いた。
釈雲は、ふと目を細め、言葉を
「拳を学ぶ者は、力を得る。
だが力とは、常に“誰かに影響を与える力”だ。
意図せずとも、言葉にせずともな」
司の拳が、膝の上で強く握られた。
「お前が選んだ道が、誰かの拳を乱し、誰かの心を縛ることもある。それが“背負う”ということだ」
司の瞳に、一瞬だけ光が差した。
釈雲はその表情を見て、静かに
「一人で正しいことをするのは、
拳をそっと膝の上で
「だからこそ、お前たちは“修行”をしているのだ」
釈雲の声には、怒りも非難もなかった。
ただ、静かな慈悲と厳しさが同居していた。
「お前の拳は、まだ未熟だ。力ではなく、意味を
外では、月の光に照らされた竹林が、かすかに音を立てていた。
そのさざめきは、司の心のささくれを、ゆるやかに撫でていくようだった。
司は半身を引き、両手を前に重ねて、静かに頭を垂れた。
やがて背筋を伸ばして立ち上がると、音も立てずに部屋を出て、一礼し、木格子をそっと閉じた。
◇
寮舎の前では、
司の様子を見た三人は、一様に安堵の色をうかべた。
「チビたちが話聞かせろって煩くてさ。いまアル(
頭の後ろで腕を組んで許がぼやいた。
「じゃあ、お前が相手すればいいだろう?」
司が呆れて尋ねると、許は手を振って否定した。
「ムリムリ、だから待ってたんだ。頼むよ」
その声が聞こえたのか、中から楊の声が聞こえた。
「リック(
そう言われ、司が扉を開けると、幼子の弟弟子たちが駆け寄って来た。
◇
「お前は道場にバレなかったのか」
目の前でぱくぱくピーナッツクッキーを食べるジョイにシグマは尋ねた。
今思い返すと、なぜあの時黙っていたのか、少しアホらしくも思い始めていた。
「うん。道場にはバレなかったけど、兄貴にさんざん叱られた」
ジョイはチョコレートミルク缶をあおりながら、横目で答えた。
「『お前のせいで出られなくなった奴がいるんだぞ。反省してそいつに謝れ!』って、パンフレット渡されてさ」
その言葉に思わずため息が
(なんだ、言われて捜しただけか)
話を聞いてシグマが質問をした。
「兄貴は元気なのか?」
自分の椅子から身をひねり、
「知らない」
返事に驚いたシグマの目が丸くなった。
「もう会ってないんだ。だから……」
家庭の事情を聞くほど
ジョイはそのまま話を続けた。
「『約束果たすんだ』って、ずっと探してた」
そんな言いつけを守るなんて、よほどジョイは『兄貴』が好きなんだな、とシグマは感心した。
ジョイはシグマの顔を見て目を細めた。
「だから、あんた見つけたときなんて、ホント嬉しかったぜ」
笑いかけるジョイに、シグマは冷たく言い放った。
「そのタメ語、やめろよ」
「だってさぁ、俺あのとき、ほんとに四年だと思ってたんだって。まさか五年とは思わなかったよ」
途端、
ピシッ!
ジョイの
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