第6話 因縁の部屋子
「あっぶね。なんだよ! 俺なんか、散々怒られたし、あんたも怒られてんじゃないかって心配して、謝ろうと思ってたのにさ」
コインを飛ばされ、ジョイが声を荒げた。
だが、シグマはチョコレートミルクを飲みながら、
「心配しなくていいし、謝らなくていい」
と冷たく言い放った。
「だいたい“
飛んだコインを拾うため、席を立ったジョイが
「言語だって、広東語と中国語があるんだ。ひとつに限定する必要なんてない」
シグマはどこ吹く風とばかりに答えた。
ジョイは机の下へ顔を突っ込みコインを拾った。
「なんか無茶苦茶いってんなあ」
戻ってきたジョイがコインを差し出すと、掌で受け取りながらシグマが続けた。
「文句あるならお前、前の奴と同じように出ていってもいいんだぞ」
そう言って見上げたシグマを呆れたようにジョイが見下ろした。
「そうやって、また出て行きたくない奴を追い出す気かよ」
ため息をついたジョイに、シグマの目が少し開いた。
ジョイは買い物袋をガサガサと
「前の奴、ラリーに情報科をすすめたのって、俺なんだ」
そう言ってボトルをシグマの前にも置いた。
シグマの前の部屋子はローレンスという四年生の少年だった。
「あいつ、去年編入してきたんだ。家庭の事情で、全寮制ってだけでこの学園に押し込まれたらしいぜ」
ジョイはそう言うと、また椅子に戻って座った。
「食堂でいっつもひとりで飯食ってるから、話しかけたらそんなこといってた」
彼の話はアルと被った。アルもまた、シグマたちと離れ、一学年上の三年への編入組だった。
「親に認められたくて、勉強一生懸命頑張ってただけだぜ。そしたら、“来たばかりのくせに首席が気いらない”って理不尽にイジメられてさ。たまんないよな」
シグマが少し顔をしかめてボトルの蓋を開けながら言った。
「あいつ、なるべく気にしないようにしてたみたいだけど、辛そうだった。だから、情報科進めたんだ」
思わずシグマがジョイを振り返った。ローレンスが四年で転科した原因の、火付け役がジョイだったのだ。
「あそこって、外(訓練所)からもくるし、卒業しても単位取りに来るやつとか、結構自由な雰囲気なんだ。基本イジメもないからいいかなって」
そこまで聞いたシグマがジョイに質問をした。
「なんで情報科にそんなに詳しいんだ?」
尋ねるシグマにジョイが平然と答えた。
「兄貴が情報科だったから」
その話も驚きだった。あの詠春拳の優勝者がこの学園に来てたのだ。
「そうなのか……?」
「でも卒業して、今どこにいるのか知らないんだ」
配属については機密情報であり学生や家族さえ知らないのは当たり前だった。
「ラリーの奴、今じゃ情報科の奴らと仲良くやってるって聞いた。アルにもお世話になってるともね」
ジョイはそう言ってシグマを見て笑った。その話に少し安心しながらも、アルならジョイの兄を知ってるのではと思った。
「兄貴っていくつ? 情報科ならアルもそうだし、知ってるかも……」
そう言ったシグマにジョイはにこっと笑った。
「そうか。でも多分、みんな知ってるよ。生徒会長だったし」
元気に答えるジョイとは裏腹に、シグマは背筋に悪寒が走るのを覚えた。
(生徒会長で情報科って……ひとりしか知らねぇぞ?)
「そいつ……いま幾つ?」
恐る恐る聞いたシグマに
「
とジョイが短く答えた。
(ジャックだ!!)
思わずシグマが机を叩いた。その様子にジョイがビビって少し身を引いた。
「おい、どうしたんだよ、シグマ……?」
ジャックはシグマたちが二年に編入したときの生徒会長であり、以来生徒会との因縁を作った男だった。
(だから俺たちが“寺出身”も知ってたんだ。学園って登録名だから、本名と違うのも納得だけど……)
「でもあいつ、金髪だったぞ」
そう尋ねるとジョイは
「香港じゃ目立つから、黒に染めてたんだ」
と簡単に答えた。
(よりによって、あいつの弟がこいつ? しかも俺の部屋子? 冗談じゃねぇ!)
生徒会長の弟となると、ますます相性が悪く感じ始めたシグマはジト目でジョイを見ていた。
「なんか……俺まずいとこ言いました?」
さすがのジョイも、軽口をたたけない空気に気がついた。だが、どうしようもない事は二人にもわかっていた。
(もしかして、弟がジョイだからジャックって名乗ったのかな)
そうも思ったが、今更誰にも聞けなかった。
「ラリーが部屋主に
そう告げたジョイに向き直ったシグマが言った。
「お前、余計なことバラしたら、てんこ盛りの課題させるからな」
「そんなことしたら、アルに泣きつきますよ。“生徒会の五年生がイジメます”って。
「うるさい! 部屋主(メンター)に逆らう気か!」
「ほら、そうやってまた無茶をいう」
その時だった。
『誰かと共に正しくあろうとするのは、何倍も難しい』
シグマは一瞬だけ、釈雲の言葉を思い出した。
「『意図せずとも、言葉にせずとも』……か」
そう言って、大きくひとつため息をつき、ジョイを見ながら
「修行ってのは、どうしてこう、試練ばっかなんだよ……」
シグマのぼやきに、ジョイが
「そんな、罰ゲームみたいな顔しなくても」
少し戸惑いながら笑いかけた。
肌寒さをまとった月影が校庭を照らす中、再会の夜は静かに更けていった。
こうして──三年生の首席がシグマの部屋で育ったのだった。
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