【後編】 ヤンデレぎゃると始める新たな青春

 小雨さんを自宅に招待した。

 燐以外の女子を上がらせるのは初めてだ。しかも、白ギャル。……少し――いや、かなり緊張する。


 玄関の時点で俺の心拍数は200を超えた。

 体温も39度かもしれない。

 むろん、あざは出ていないが……ふつうの汗は出た。思わず視線を下ろすと、小雨さんが丁寧すぎるほどに靴をそろえていた。A型っぽいような几帳面きちょうめんさ。たぶんそうなのだろう。


 それからリビングへ案内し、小雨さんをソファへ。俺は冷蔵庫からドクターペッパーを二本取り出した。主に親父のタバコよりも重要な嗜好品しこうひんなのだが、俺も影響を受けてドクペを飲んでいた。


「はい、ドクペ」

「ありがと。って、ドクターペッパーって珍しいね」

「親父の趣味でね」

「へえ~、炭酸だっけ」

「そそ。海外で1日3本飲んで長生きした婆さんがいたらしいんだ。親父はその影響か知らんけど、長寿目指して飲み続けてる」

「3本も!?」

「その婆さんは106歳まで生きたんだとか」

「す、すごー!」


 ちなみに、忠告した医師が先に死んだことは有名だ。

 ドクペのおかげで妙に話が盛り上がり、親父のおかげで助かった。

 普段の俺の話題のなさといったら……壊滅級だからな。たぶん、ドクペがなければ地獄の沈黙が続いていただろう。


 だけど、これ以上のネタの引き出しもなければ、小雨さんの可愛すぎる顔を直視もできなかった。

 長い睫毛まつげ、宝石のように煌めく瞳を向けられれば、どんな男でもイチコロ。俺も例外ではなかった。


 小雨さんは、アイドルグループに所属していてもおかしくないレベル。こんなギャルが俺を助けてくれたとは世の中わからない。



「……ところで、どうして俺を」

「んー? ああ、霜くんのことが好きだから……」



 ストレートに言われ、俺は鼻からドクペを噴き出した。す、好きぃ!? マジで。

 そんなアッサリ告白されるとは思わず、完全に不意打ちだった。

 だがまて、俺は小雨さんとは接点などなかったはずだ。

 今日話すまで名前すらも知らなかった。

 なのに、なぜ……?



「俺なんて魅力ないよ。幼馴染が寝取られちゃった男だぞ」



 もし、あんな展開にならなければ俺はずっと燐一筋だった。他の女子になびくこともなければ、浮気するつもりもない。ただ、将来的には幸せな家庭を築きたいと願っていた。

 それだけだったのに。


 自己嫌悪に陥っていると、小雨さんはソファから立ち上がり――俺の方へ寄ってきた。目の前に接近され、俺は心臓が高鳴る。


 ち、近っ……!


 香水の甘い香りもして、俺が頭がクラクラした。それにしても近い。密着寸前だ。



「……霜くんは、飛び降りようとしていたあたしを助けてくれたの」

「え」

「覚えていないかもしれないけど、三年前に」



 と、飛び降りようとしていた!?


 助けた? 三年前?


 ……ということは中学の頃だろうか。うーん、思い出せない。

 あの頃の俺は――今も割とだけど重度の陰キャであり、しかも、目も当てられないほどの中二病を発症していたから……孤立していた。いわゆる黒歴史。忘れたい過去だ。


 なので幼馴染の燐だけが頼りだった時代だったのだ。

 そんな荒れ狂った中学時代に、小雨さんを助けた……?


 ダメだ。過去は消去されている。

 というか、それ本当に俺なのか。



「すまん、なにも思い出せない」

「あの頃の霜くんって人格が違っていたもんね」

「……う。それは俺かもしれない」

「だって、呼び止めてくれた時に心拍数が200を超え~とか、あざうずくとか叫んでいたよ」



 その瞬間、俺の中で“封印”されていた記憶が少しずつ解けていく。まるで魔王復活みたいな――いかん、やめろッ! そんなモンを解き放つな!!



 あああああぁぁぁ――――――ッッ!!



 はぁ…………はぁ、はぁ……。



 不覚にも思い出してしまった。



「…………そうか、俺は中学のころ、屋上で君を助けた」

「思い出してくれたんだね……!」

「ああ。だけど、これはヒドイ。もう思い出したくない……」



 なんでだろうね。あまりにありがちな中二病で、右手に包帯巻いて痣が疼くとかなんとかやってた気がする。とにかく全身に包帯を巻きまくっていた。

 周囲からは包帯男あるいは木乃伊ミイラ男とさげすまされていたっけ。

 ダメだ。もうこれ以上は危険だ!



「あはは。霜くんのおかげで命を助けられたよ」

「そ、そうだったのか」

「でも、君の隣には保志野さんがいたから……」



 ずっと話しかけられずにいたようだ。でも、同じ高校に進んでくれていたとは……まさか、俺を追いかける為に……?

 そうだとしたら健気すぎだろう!



「なんか……すまん」

「霜くんと保志野さんの仲良しの光景を何度も見て病んだこともあったけど……いいの。ようやく願いが叶いそうだから」



 ぴたっとくっついてくる小雨さん。身長差があって、彼女の方が小さいので小顔が俺の胸の中に埋まる。

 ……こ、これは密着しすぎなのではっ!

 なにか間違いが起きてしまっても、おかしくない状況だ。


 更に鼓動が加速する。

 つか、これ以上は俺が死んじゃう。



「…………小雨さん」

「ねえ、霜くん」

「お、おう……?」

「しよっか」

「んなッ!?」

「……なんてね、冗談」



 なんだ、冗談か。でも、声が本気だったような……?


 そうして抱き合うような微妙な距離感を保っていると、玄関から気配が――げッ、親父が帰ってきやがった。こんな時に!



「小雨さん、親父が帰ってきた」

「そ、そっか。残念」

「え」



 残念って、実は本気だったのか……!?

 親父の邪魔がなければ可能性あったのか。まさかな。



 ◆



 ――それから毎日、小雨さんと登校するようになり、過ごすようになった。楽しすぎる毎日だ。

 俺の心はすっかり晴れ、燐のことも忘れた。

 忘れるのだけは得意だ。


 小雨さんとは恋人のような関係が続いている。



 のだが。



 なんでだろうな。小雨さんと関わるようになってから、クラスの女子から話しかけられるようになっていた。どうしてかモテ期到来してしまったのである。

 その度に、小雨さんは“病む病む”になり、たまに“バールのようなもの”を向けられた。


 どうやら小雨さんにはヤンデレ属性があるらしい。

 まさかの“ヤンデレぎゃる”だったのである。



 でも、嫉妬してくれるのは正直嬉しかった。それほど俺を思ってくれているってことだから。



「他の女の子にデレデレしないでね……霜くん」

「なぜか話しかけられるんだよ。でも、気にしないで小雨さん。俺は小雨さん一筋だからねっ」

「うん、嬉しい。あたしも霜くんしか考えられない」



 これからも何か起きるかもしれない。でも、小雨さんとなら乗り越えられるはずだ。俺の青春はまだ終わってはいない。

 まだ、きちんと気持ちを伝えられていない。

 いつか、必ず告白する。


 それまでもう少しだけ、この恋人のような関係を続けていく――。



【おまけに続く!】

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