【中編】ヤンデレぎゃるの逆襲

 自宅前に到着してしまった。

 小雨さんもピッタリくっついてきてしまった。


 自分の家に……帰らないのかな?


 少し不思議に思っていると、反対側の道路から見覚えのある顔が現れた。……あれは、燐じゃないか……。

 近所なので会ってもおかしくはないのだが、ここ最近は避けていたし、避けられてもいた。だからもう、俺たちの関係は終わったと思っていた。


 けれど。



「――ねえ、霜くん。なんで女子と一緒に歩いてるの?」

「…………え」


 意外すぎる反応に、俺は混乱した。

 まて……燐は俺のことなんかもうどうでもいいんじゃないのか。

 あの先輩さん――溝口とヨロシクやっているのだろう。なら、もういいじゃないか。これ以上、俺の心をえぐらないでくれ。


 あまりにトラウマ級で、脳裏にあのシーンがよぎってしまう。……無理だ、吐きそうだ。


 倒れそうになると、小雨さんが支えてくれた。



「無理しないでね……霜くん」



 あれ、小雨さんもなんだか様子がおかしいような。瞳に覇気がないというか、俺といた時は大違いの態度だった。な、なんで急に病んでいるような気配なんだ?



「誰よ、あんた!」



 燐は叫ぶ。

 一方で小雨さんは空虚な眼差しで燐をにらみつけていた。



「保志野さん、あなた……霜くんを捨てたのに、まだ未練があるの……?」

「……!」

「溝口ってイケメン先輩と付き合っているのでしょう。なら、もういいでしょ」

「い……一応、幼馴染だし。……結婚を約束したし」

「でも、その身を溝口に捧げた」


「そ、それは……」


「じゃあもう、中古じゃない」



 ドストレートすぎる表現に、俺は――いや、燐も石化していた。な、なんてことを言うんだ、小雨さん。あまりに辛辣しんらつすぎて燐は動揺しまくっていた。


 小雨さんは言葉を続けた。



「霜くんは純粋なお付き合いを望んでいるの。今、一緒に下校して彼の気持ちが分かったし、悪いんだけど保志野さんがいかにごみか理解した」



 ――そうだ、俺は普通に付き合って、普通の青春がしたかったんだ。

 将来は結婚して子供を作って……そんな素晴らしい未来を望んでいた。なのに、燐はあの男に身を委ねていたんだ。


 今更ながら悔し涙があふれでた。


 ……こんなにも心が傷ついていたなんて、気づかなかった。


 小雨さんのおかげで相当無理をしていたのだと、ようやく気付いた。


 そっか……俺はこんなにも苦しかったんだ。

 涙が止まらない。



「ご、ごめんね……霜くん。溝口先輩とそんなつもりは……なかったの。つい出来心で……許して……!」



 深く頭を下げる燐。謝罪してくれるのは嬉しいが、でも、もう関係修復は無理だ。不可能だ。俺の望んだ世界はもうないのだから。



「やめて、保志野さん」

「……えっ」

「これ以上、霜くんを傷つけないで。今のあなたの言葉は凶器そのもの。すべての発言が彼をむしばむの」


「…………っ」



 たぶん、小雨さんは黙って帰れと言っているのだろう。そうだな、俺としてもそうしてくれる方が助かる。

 悲しみが深くなる一方だ。

 これ以上は耐えられない。

 辛い気持ちに押しつぶされそうだ。



「悪いな……燐」

「そんなっ」



 燐は涙ながらにも俺に手を伸ばしてくるが、小雨さんが間に入った。そして、強い口調で言い放った。



「霜くんに近寄らないで」

「でも、でも……」


「言って分からないのなら、こうするしかない」



 その時、小雨さんはかかとを上げ――顔を近づけてきた。そして、俺の唇を奪ってきた。


 ……やわらかい感触に支配される俺。

 一瞬ではあったけどキスをされていた。



「…………そんな、そんなッ!」



 ついに燐はボロ泣きして去って行った。

 泣きたいのはこっちだよ。


 キミはこれ以上のことをしていたんだぞ。単に溝口と触れ合っていただけはない。最後まで致していたんだ。それも大人のゴムなしでな。


 あの日、教室では聞いたことのないような甘い声が響いていた。


 思い出すだけで吐き気がする。



「ありがとう、小雨さん」

「ううん、いいの。保志野さんと仲直りするとか言ったら……刺殺していたかもだけどね」



 ……あの、目が笑っていないのですが。

 って、もしかして小雨さんって俺のこと好きなのか……?


 そういえば、さっきもキスをしてくれた。

 思い出しただけで顔が赤くなる。

 あの瞬間、俺は嬉しかったんだ。人生初のキスをしてもらえて。


 ――ああ、そうか。俺は本当に小雨さんに救われているんだな。彼女がいれば人生をやり直せる。俺が望んだ本当の青春を送れるような気がする。



「家、寄ってく?」

「……う、うん。ちょっとだけお邪魔しようかな」



 せっかくなので、俺の心を救ってもらったお礼をしなきゃ。



【もうちょっちだけ続く】

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