第12話
捕らわれていた村人たちは、一人として欠けることなく帰還を果たした。
悪夢のような惨劇から解き放たれた安堵は確かに胸にあった。だが、目の前に広がる光景はその心を容赦なく打ち砕く。
焼け落ちた家屋、煤にまみれた瓦礫。
収穫を待っていた畑は踏み荒らされ、かつて平穏であった暮らしの面影はどこにも残っていない。
我が家の前に立ち尽くす者は呆然とし、土に眠る家族の墓に向かって嗚咽する者もいた。
その時、不意に村の広場に響く音があった。
カーン、カーン――。
それは鐘ではなく、大きな鉄鍋を木杓子で叩く音だった。
「さぁさぁ、飯にしようじゃないか! 一日丸ごと何も食べてないんだ、腹が減っちゃあ泣く元気も出やしないよ!」
恰幅のよい女が大声で呼ばわると、どこか張り詰めていた空気がふっと和らいだ。
子の手を引いていた女は、子供に何事かを囁き、その小さな背を鍋の方へと押し出す。
涙に濡れた顔を袖で拭った女たちは、井戸から水を汲み、崩れ落ちた梁や板を集めて火を熾した。
湯気が立ち上り、湯を満たした鍋が音を立てる。略奪者たちから奪い返した食糧が次々と投げ込まれ、腹を空かせた村人のための食事へと変わってゆく。
失われた日常を取り戻す戦いは、誰よりもまず女たちの手によって始まったのだった。
「ほら、遠慮しないで食べな! まだまだあるから!」
鍋の周りには人が集まり、湯気とともに漂う香りが心をほどいていく。声を掛け合い、笑い合う姿が、やがて広場を満たし始めた。
「あなたには感謝してもしきれません」
「父を弔ってくださり、ありがとう」
男のもとには、次々と礼の言葉を述べる人々が訪れた。
その足元では、すっかり懐ききった犬が、誰かからもらったらしい骨を夢中でかじっている。
「……こいつの飼い主を知らないか?」
「さあ、こんな犬、村にいただろうか」
首をかしげる人々の頬には、かすかに笑みが戻りつつあった。
明日も、明後日も、この傷は癒えることなく胸を締め付けるだろう。だが、それでも日は昇り、また沈む。やがては、涙に代わって笑顔が灯る日も訪れるに違いない。
男はその未来を信じ、願った。
人々の頭上に星々が瞬き始める中、静かに空を仰ぎ見ながら――。
名もなき農夫は静かに余生を送りたい @suzu0825
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