第8話

 冒険者パーティー《銀の鷹》は、幼なじみの二人――剣士アベルと魔術師シスによって結成された。

 勇気だけは誰にも負けない無鉄砲なアベルと、魔術の才に恵まれた才女シス。しかしその実力は未だ半人前、冒険者としての名は伸び悩んでいた。


 転機となったのは、年長の神官エイダムの加入だった。彼はかつて別の隊に所属していたが、ある事情から離脱し、一人で活動を続けていた。共に挑んだ依頼をきっかけに《銀の鷹》へと加わると、その冷静な判断と経験は若き二人の無謀さを補い、チームに安定感をもたらした。

 次第にギルド内でも彼らの名は知られるようになり、アベルの口癖――


「いつか王都へ行って、勇者バナージと肩を並べてみせる」


 その言葉が、ただの夢物語ではないかもしれないと思えるほどに。


 そんな折、彼らのもとに舞い込んだのは一つの討伐依頼だった。

 山道で旅人を次々と襲う怪物――マッドベア。

 生還者の証言は一致していた。黒々とした巨体、その胸に走る十字の深い傷跡。

 それは過去幾度も討伐隊を退け、依頼板から長く消えることのない印になった。




「シス、動くな!」


 マッドベアは目が悪い。明かりを背負ったシスが静かにしていれば、狙われることはないはずだ。


「アベル! 十字傷です!」


 焚き火の炎の向こうに立ち上がった巨影、その胸には確かに十字傷が刻まれていた。

 黒い毛並み、轟く鼻息。想像していたよりも遥かに巨大で、エイダムの声は震えた。


「わかってらぁ……どこに潜んでやがった」


 アベルの心臓は早鐘を打つ。

 しかし次の瞬間、マッドベアは何故か一歩をためらった。胸の十字傷が疼いたように、動きが鈍ったのだ。


 刹那の隙を逃さず、アベルは炎を裂いて突進する。狙えるのは後脚のみ。致命には届かなくとも、仲間が逃げる時間を稼げるだろう――。その時点で、彼はすでに討伐を諦めていた。


「ここは俺に任せて、逃げろ!」


 叫びと共に突き出された剣。しかし鋼のような毛皮と筋肉はそれを受け止め、血の一滴すら許さなかった。


「アベル、危ない!」


 シスの悲鳴が夜気を裂く。

 エイダムの放った護りの呪文が間に合ったのは奇跡だった。だがマッドベアの一撃はそれを粉砕し、アベルの身体を軽々と暗闇へ弾き飛ばした。


「お前ら、あれを喰うつもりか?」


 場違いなほど落ち着いた声が、焚き火の傍から響いた。


「な、何ですって……?」


 耳を疑ったのはエイダムだ。

 この状況で、何を言っている? 仲間が殺されかけているというのに。

 だが振り返った彼の目に映ったのは、薪をくべ直す風変わりな男の姿。あまりに呑気で、異質だった。


「喰うなら手伝ってやる。ただ、俺は遠慮しとくがな」


 平然と放たれた言葉に、エイダムの思考は一瞬止まった。

 だが、不可解なことに、返した声は妙に冷静だった。


「……討伐の証明には毛皮だけあれば充分です。そこは……残せますか?」


 後にエイダムは何故、これ程冷静でいられたのか自分でも理解出来なかった。

 シスは二人が恐怖のあまり頭がおかしくなったのだと、思ったそうだ。


「二度目はない、そう言った筈だ」


 男の目はマッドベアに向けられていた。

 人語を解する魔物も存在はするらしいが、マッドベアが理解しているとは思えない。

 しかし、男の言葉を聞いたマッドベアは脱兎のごとく逃げ出し、数歩を走って前のめりに崩れ落ちた。その頭部には深々と草刈り鎌が突き刺さっていた。

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