第7話 私の道は私が決める
フィオレッタ・ウェールズが私の名前。
お母さまは純魔法家系のホーリー家から父に嫁いだエリザベス・ホーリー。
けれど、お母さまを最期にホーリー家は途絶えている。
私はその理由を全く知らない。
ただ。
ただ。
お母さまが亡くなって直ぐにお父さまが本当に愛していた女性と結婚したことだけは分かっていた。
私が8歳の時だ。
それから5年が経ち、私は……もう色々諦めていた。
闇の中でそんな私がポツンと立っている。
「夢、ね」
何故だろう。夢と分かる。
そこに一人の人物が姿を見せた。
顔は分らない。人だと思うけれどそれすらも分らない。
「だれ?」
「フィオレッタという人の名前がそんなに大切なのか? どれほど人のマネをしても人になることなどできない……何れお前は戻ってくる……人と言うものに諦めてな」
誰? 誰?
「誰なの―――!?」
短いような長い眠りの後で私は私の部屋のベッドの上で目を覚ました。
「私なんでここに」
そう考えかけて気付いた。
町が火の精霊イフリートの攻撃を受けかけたのをみてお母さまの魔法書に載っていた水の精霊オンディーヌを召喚して対抗したのだ。
同時に防御魔法も使って魔力エンストを起こして倒れてしまったのだ。
「やっぱり町やここや迷いの森が燃やし尽くされるのは嫌だったし仕方ないわ」
私はそう考えてベッドの横の椅子に座って俯いて眠っている父の顔を見た。お母さまが亡くなって直ぐに元々愛していた子連れの女性と結婚したので私のことなどどうでも良いと思っていた。
でもこうして意識を失った私の側にいてくれているのは一応、私の心配をしてくれていたのかもしれない。
チクリと胸が痛んで視線を逸らせた。
瞬間に父の目が開いた。
「フィオレッタ、気付いたのか?」
私は小さく頷いた。
「私、気を失っていたのね」
何か夢を見た気がするけど、覚えてない。
父は安堵の息を吐き出しながら笑みを浮かべた。
「ああ、3日ほど眠っていた」
そう言ってそっと私の前髪を撫でた。
周囲には誰もいない。恐らく一か月ほど家出をしていた私の事を考えて人払いをしていたのだろうと気付いた。
「お父さま、私……やはり迷いの森で暮らそうと思います」
父の顔が僅かに曇るのが分かった。
「理由をちゃんと聞いておきたいが」
一ヵ月のあいだ一人で暮らしていて気付いたのだ。
この家では私はきっとまた元の自分に戻ってしまうだろうということがわかったのだ。
だからちゃんとわかってもらわないとダメだと気付いた。
言葉にしないとダメなのだと学んだ。
「私、お父さまがお母さまと私を愛していないことに気付いたんです。誰もお母さまが亡くなったことを悲しんでいないことが悲しかった。そしてその原因がアンナさんとマリナにあると意地悪や嫌がらせをしてきました。でも本当は誰のせいでもないって分かってた」
そう純粋な愛や恋はきっと本人の意思に関わりなく降り注いで導いてしまうものなのだ。
私が嫌がらせをしても。
私が泣いても。
どうしようもないモノなのだ。
「だから、ここに居たら私はもっと嫌な私になると思います。ウェールズ公爵家はマリナが継ぐと良い。マリナは良い子だし屋敷の人たちに人気もあるし、アンナさんも本当に優しい人だし……ここに私がいない方が良いと思います」
これは本当の気持ち。
お金や地位にしがみ付いてもっともっと嫌な自分で生きていくのはイヤ。
だからもう公爵家の人間でない方が良い。
真っ直ぐ見つめた私に父は深く息を吐き出して静かな笑みを浮かべた。
「私とエリザベスは4大純粋魔法家系の始祖であるフィオレッタ・ホーリーの先祖返りの為に婚姻を結んだ。元々エリザベスと私は姉弟のように幼い頃から付き合っていてね。確かに私はアンナを愛していたし、今も愛している。エリザベスもまた愛する人がいた。だがエリザベスの母親であるカーミラ・ホーリーが『近い内に世界は動乱の時を迎える。始祖が甦らねば国は亡びる』とその為には私とエリザベスの間に子供が必要だと言ったんだ。そして互いの心を偽りながらも結婚して子供を成した。それがフィオレッタお前だ」
でも残念ながら私は始祖じゃないわ。
「お父さま、でも私はその……始祖が甦ったというわけではないですし……もしそうならその始祖の記憶とかあるんでしょ? 私は私でないです」
「私もエリザベスもそれは分らない。エリザベスがお前を身籠った時にはカーミラ・ホーリーは亡くなっていたからな。ただエリザベスはお前を愛していたし、私もお前を愛している。エリザベスは死ぬときに私に今度こそ愛する人と結ばれて幸せになるように言ってくれた。自分もまた果ての地で愛する人と結ばれると微笑んで息を引き取ったんだ。姉を失ったように悲しかったがエリザベスもまた愛する人が結ばれてくれればと祈る気持ちで切り替えることが出来たんだ」
「そうだったのね」
「だが私は間違えていた。エリザベスの死の痛みは私よりもお前の方がずっと大きかった。それに気付いてやれなかった。皆を悲しませてしまったな」
私は本当の事を知って少しだけ救われた。お母さまにも本当に愛する人が居たんだ。きっと父もお母さまもこの結婚が悲しかったんだ。
でも今なら父が言ったように父もお母さまも私を愛している事だけは違いないと分かる。
「ありがとう、お父さま。私も今は少しだけ胸の痛みが無くなったわ」
「フィオレッタ、このウェールズ公爵家はお前が継がなければならない。この領地の大半はウェールズ公爵家のものだが迷いの森から更に北の白の大地はホーリー家のものだからだ。ホーリー家の血を継ぐ唯一のお前がそこを治めなければならない決まりになっている。ホーリー家の屋敷も北の白の大地にある。迷いの森がある以上はホーリー家の人間が先導しなければ行くことが出来ない」
つまり私だけしか行けないってことなの?
私は少し考えた。
もしかして。
もしかして。
「お父さま、お母さまが残してくれたあの魔法書はここにあったものじゃないの?」
「ああ、俺もだがウェールズ公爵家には魔力はない。ウェールズ公爵家にはお前の勉強のために王都の魔導士学校から手に入れた魔法書以外にはない。エリザベスの遺品の魔法書は元々ホーリー家から持ってきたものだ。恐らく、ホーリー家の屋敷に全てがあるだろうが我々には行くことが出来ない」
この前のイフリートは止めることが出来た。でも、もっと高度な強い攻撃魔法を何者かが使ってここを攻め入ろうとしたら。
私は。
私が生まれたお母さまとの思い出のこの地を。
いま本当の事を話してくれた父が生きるこの地を。
守りたい。
「私、ウェールズ公爵家はやっぱり継ぎません。その代わり、お母さまのホーリー家を継ぎます」
「え!? フィオレッタ!?」
「もしかしたら、おばあさまのカーミラ・ホーリーが言った動乱が先のイフリートの顕現だったらホーリー家の全てを知っていた方が良いと思うんです。そりゃ、今までサボってこの前のように倒れちゃったりしますけど……そうならないように勉強しようと思います」
……だから、ホーリー家の全てを私に継がせてください……
私の道は私が決める。
父の顔が少し寂し気に見えた。
「そうか、わかった。ウェールズ公爵家の持つホーリー家の全ての遺産と領地はお前に継がせよう。ただし、お前が私の娘であることは変わらないからな」
「ありがとう、お父さま」
「ホーリー家の領地へ行くには迷いの森を越えなければならない。行き方も何も私は知らないのだが……ましてホーリー家の領地がどんな土地かもわからない」
私には何故か不思議な自信があった。
「私、行けると思います。迷いの森で一ヵ月生活で来てましたし……身体が治ったら一ヵ月探索してみようと思います」
父は観念したように笑みを浮かべた。
「わかった、但し一カ月したら戻りなさい。それから、護衛を付ける」
私はにっこり笑った。
「あ、だったら一人だけにしてください。迷いの森で何人もいたら生活が大変なので……それに迷いの森には魔物は出ないので一人で充分です」
「わかった」
私は漸く本当の私になったような気持ちになった。
一週間後、私は迷いの森へと向かうことになった。
4大純粋魔法家系のホーリー家の忘れられた遺産を受け取るために。
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