第5話 異変

 私、フィオレッタ・ウェールズが公爵家を出て一ヵ月が過ぎ去っていた。

 私の部屋にあった魔法書をとにかく読みこみ生活に役立つ魔法から取得していった。


 そのお陰で……野菜を育てることに成功した。

 いやっほー!


 魔法の本を頼りに野菜の育成を早める陣を描き魔力を入れることで3か月かかる野菜が1か月ほどで実をつけることが出来た。

 大いなる成果だった。


 だが。

 だが。

 しかしである。


「肉は……そうはいかないのよね」


 ホーリー家の血統を継いで魔力があったのは救いだった。だけど野菜ばかりでは体力がつかない。というか、食卓が寂しい!!

 数日に一度の町への買い出しは必須であった。


 私は丸太を並べた場所に布を買ってテントを作り生活を送っている。公爵家の屋敷の部屋に比べたら正に野宿! 質素! 持ち物はお母様の写真と魔法の本が今は身の回りの全てであった。


 でも、そのお陰でこの1か月で魔法書の大半を読み終えて今はお母さまの遺品である魔法書を読み始めている。これまでにないハイペースな勉強速度だ。

 ただ、お母さまの魔法書はかなり高度な魔法の様で複雑な魔法陣は何が書かれているか分からない部分も多い。


 召喚魔法や攻撃魔法。防御魔法などどちらかというと生活よりは戦ごとに力を発揮するようなものだった。


 そんなものを発動させたらどうなるかを考えて取りあえずは勉強のためにストックだけしていくことにしておいた。言わばやることがない暇つぶしの興味本位である。


 そんな生活だが私としては十分充実をしていた。

 屋敷で鬱屈としてイライラしているよりは気分も明るかった。


 私は朝起きてパンを食べていつも通りにテントの中を掃除するとカバンを背負った。

「よし! 肉! 今日はお肉買うわ!」


 宣言して指先を空に翳すと移動魔法の陣を発現させた。

 高級魔法だが今はもう扱えるのだ。

「高かった移動魔法用紙も必要なくなったし、ラッキー」


 私はそう喜んで町の肉屋の前へと移動した。

「肉―――!」


 そう叫んだ瞬間に私は肉屋の扉を開いて姿を見せた人物に凍り付いた。

 

 ……。

 ……。

 まさか。まさか。まーさーか。

 私も凍り付いたけれど相手も凍り付いていた。


「フィオレッタさま」


 エイドリアン・シーモア。私を殺そうとした騎士団長。

「いやぁ!」


 叫んで踵を返しかけた私の手をエイドリアンが掴んだ。

 

 殺される。

 殺される。

 殺される。


 混乱する私をエイドリアンは引き寄せて抱き締めた。

「き、危害は加えません! あの時は申し訳ございませんでした!!」


 私は震えながら彼を押し退けて見つめた。興奮で涙がこぼれた。

「もう私はウェールズ公爵家へ戻らないんだから近寄って来ないで!」


 エイドリアンはそれに視線を伏せると頭を下げた。

「本当に、フィオレッタさまのお心を深く傷つけてしまって……申し訳なく思っております。公爵様はフィオレッタさまのお戻りを心から願っております」


 嘘。嘘。嘘。

 父はあの二人がいれば私なんていなくていいと思ってる。お母さまの事も私のことも愛していない。


「私はもうお父さまに何も求めていないわ。だからそう伝えて」


 エイドリアンの顔を睨みつけた。本当に申し訳なさそうな表情に胸は痛むけれどもういいの。この1か月で一人で暮らしていけると分かったからもういいの。


 私はそう思って息を吐き出した。

「お父さまに伝えて。私はもういなかったと思ってちょうだいって」


 エイドリアンは目を見開くと顔を歪めた。

「私のせいですね。私がフィオレッタさまのお心をここまで傷つけてしまった」


 確かに決めた切欠にはなったけど違うわ。

 私は分かってた。

 あの屋敷に居ても、ううん、いたからこそ余計に孤独だった。


 父とあの人たちの輪の中に私の居場所がなかった。

「エイドリアン、貴方のせいじゃないわ。私はあの屋敷で孤独だった。お母様が死んでから誰もがお母さまのことを直ぐに忘れてしまったことが悲しかった。だから、あなたのせいじゃない。私、迷いの森でいる方が孤独じゃないの。孤独を感じないの」


 私は初めて笑みを浮かべた。

「だから飛び出して良かったわ」


「旦那さまも私も屋敷の誰もがお嬢さまの悲しみに気付いてあげられなかったということですね」


「私も気付かなかったから仕方ないわ。あの場所を離れて初めて気づいたから……だからもう良いの。ウェールズ公爵家の方たちに私はもう関係ないと思っていただいて構いませんと伝えてちょうだい」


 本当に。

 本当に。

 さようなら。

 でもそれで良かった気がするの。


「お嬢さま」

 エイドリアンの声が響いたけれど私は踵を返した。


 先まで射しこんできていた陽光が急に光を失い、私は気分的に雨が降るのかと見上げた。


 その視線の先に巨大な精霊の姿があった。


「はぁ!? 何でイフリートが!?」


 瞬間にエイドリアンが私を守るように抱きしめ空を見上げた。

 イフリートの炎の手が振り上げるのを私はスローモーションで見ているような感慨に囚われながら見つめた。


 アレが振り下ろされたらどうなるの?

 答えは頭の中で出ている。


 人々の驚きの声が響き、私は振り下ろされるさまを想像した。

 きっとこの町は、いや、このウェールズ公爵家の領地、もしかしたら、国の領土も炎の洗礼を受けるかもしれない。


 降り注ぐ火球が全てを焼き尽くす。


 そうなったら。

 そうなったら。


「ダメ!」


 イフリートは炎の精霊。

 たしか。

 たしか。


 興味本位で覚えた精霊召喚の陣があったはず。


 イフリートの炎に対抗できるのは水の精霊。

 私は咄嗟にエイドリアン越しに空へ手を伸ばした。


「出でよ、水の精霊……オンディーヌ!!」


 巨大な陣が広がり体中から力が吸い取られて行くのが分かった。巨大な陣にはそれ相応の魔力が求められる。


「私の魔力じゃ足りないかも」

 でも。

 でも。

「オンディーヌで倒すだけじゃダメ」


 エイドリアンの声が響いた。

「お嬢さま!! 無理です!! ご無理はおやめください!!  お嬢さまは私が身を挺してお守りします!!」


 ダメよ。

 それだけじゃダメなの!


 ほかのみんなが……周りの人だってエイドリアンだって……ううん、イヤだって思っていたけど父やあの人たちだって死んでしまうわ。


 それはもういや!


 私は更に防御魔法を発現させた。

「迷いの森も、全部全部守らないダメなの!!」


 イフリートの腕が降りるのと同時に火球が空を渡るのが目にはいった。

 青かった空は赤い炎の色に変わり人々の悲鳴が響く。


 お母さま。

 お母さまの魔法書を読んでおいてよかったわ。


 どうか、守ってお母さま。


 私の記憶はそこで途切れた。

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