第4話 ウェールズ公爵家の憂鬱

 一ヵ月が経った。


 アルバート・ウェールズは書斎で蒼褪めながら座っていた。

 娘のフィオレッタが姿を消して一か月が過ぎ去ったのだ。


「本当に申し訳ございません!」


 騎士団長のエイドリアン・シーモアは深く頭を下げて、もう何度目になるかわからない謝罪をした。

 フィオレッタの継母であるアンナとマリナに対する嫌がらせは度を越えたモノであった。しかも、一か月前のあの日はマリナを迷いの森へ連れて行き行方不明にしようとしたものだったので看過できなかった。


 もちろん、殺すつもりはなかった。

 流石に灸をすえるつもりで剣を抜いて追いかけたのだがちゃんと弁えて脅すだけで終わらせるつもりであった。


 それが。

 あの日から……正確にはその翌日から屋敷へ戻ることが無くなっていたのだ。


 アルバート・ウェールズは苦く笑って書斎の上のペンを置いた。

「いやいや、フィオレッタの部屋を調べたら一度は戻っていることが分かっている。お前のせいではない。まして、フィオレッタは町にも姿を見せたとアリスの話から調べに行かせたら本当の様だし……迷いの森からの出入りは出来ているようだ」


 だが。

 屋敷へ戻ってきてはいない。


「とにかくフィオレッタを掴まえてあの子の気持ちを聞いてやらなければ、このまま放置するわけにもいかない。肉屋には姿を見せているようだから健康ではあるようだ」


 エイドリアンは深い溜息を零し肩を落とすしかなかった。

「なのに屋敷へ戻ってこられないのは……私も脅かし過ぎたというか……お嬢さまに過剰な恐怖を与えてしまって」


 アルバート・ウェールズはハハハと脱力した笑いを零すと首を振った。

「いやいや、アリスから事と次第を聞いてお前に灸をすえるように頼んだのは私だ。まさかこんなことになるとは思ってはいなかった」


 そう言って窓の外を見下ろし、庭を俯きながら歩くアンナとマリナを見た。フィオレッタの失踪は二人に衝撃を与えた。

 アンナにすれば継母という立場がフィオレッタにどのように思われるかは分かっていた。また、連れ子のマリナも同じである。


 仲良くまでは難しいかもしれないがフィオレッタに受け入れてもらえたらと思ったのだが、フィオレッタの度重なる嫌がらせに心を痛めてはいたが追い出したかったわけではない。


 それでは公爵家を乗っ取った思われても仕方がないのだ。


 アルバート・ウェールズはハァと息を吐き出すと窓に背を向けて書斎の上の手紙を見てエイドリアンに差し出した。

「これを肉屋の主人に渡してフィオレッタが現れたら渡すように伝えてくれ。屋敷へ戻らなければ廃嫡すると書いている。あれも流石に戻ってくるだろう」


 エイドリアンは少し心配げに手紙を見つめた。

「本当に戻ってこられますでしょうか? それに戻ってこられたとしてその後どのようにお考えでしょうか?」


 自分がフィオレッタを追い詰める最後の札を切ってしまったのだ責任を感じずにはいられなかった。


 アルバート・ウェールズは笑みを浮かべて肩を動かした。

「先ずフィオレッタの話を聞いてどうしてほしいかを確認しようと思っている。もしフィオレッタがどうしてもアンナとマリナを受け入れられないというならば王都の魔法学校へ年は早いが手を回して通わせようと思っている。ホーリー家の血を引いて魔力はある。受け入れてもらえるだろう」


「それではフィオレッタさまが体よく追い出されたと思われないでしょうか?」


「あの子が卒業して戻ってくれば結婚できる年齢だ。良い婿を迎い入れて後を継がせるつもりだと言えば良いだろう。マリナは良い所へ嫁に出そうと考えているからな」


 エイドリアンは手紙を手に頭を下げた。

「かしこまりました、肉屋の主人に渡しておきます」


 アルバート・ウェールズは笑むと頷いた。

「頼む」


 その頃。

 王都を含め王国全土で大きな異変が起きようとしていたのである。

 

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