第3話 新しい生活
翌日の夕刻に魔法の小箱の蓋が空いた。
中には移動魔法紙が入っていて私は直ぐにウェールズ公爵家の領内で迷いの森の入口に近い町へと移動した。
領内の人間は私の事を知っている。
だから宝石を売ってもそれなりの金額で買ってくれるだろうことは分かっている。
「とにかくお腹がペコペコだわ」
私は装飾店に入り店の受付の女性を見た。カウンターの上にイヤリングとブローチを置いた。
「この二つを換金していただけるかしら」
女性は目を見開いて息を飲み込んだ。
「……こう……こう……」
私はにっこり笑って彼女の言葉を止めた。
「実はどうしてもお金が必要になってしまったの。公爵家には内緒で買って欲しいの。それとこれも」
そう言って私は豪華なドレスを脱いだ。
「代わりにさっぱりとした普通の服を頂けないかしら」
女性は戸惑いながら直ぐに一礼すると立ち去った。
「あの、アリスやジミーの噂していた性格の悪い公爵家のお嬢様が金をって!!」
いやいや、私は何も金を奪いに来たわけじゃないわ。
ちゃんとイヤリングとブローチとドレスを金に換えてって言っただけよ?
私は小さく息を吐き出し公爵家領内で私がどんな風に思われているか気付いた。
でももういいわ。
一人で生きていくんだもの人のことで胸を痛める必要もない。
私は女性が何もなかったように戻ってきて置いたお金と少し豪華なドレスに目を向けた。着ていたほどではないけれど、やはり公爵家の娘ということで簡易なスカートではない。
「このスカートよりももっとさっぱりとした動きやすい……そうね、畑とかできそうな服がいいの」
「はぁ!? ……いえ、わ、わかりました」
私は更に追加されたお金とこざっぱりとしたズボンとシャツを受け取りその場で下着の上から履いた。
「これでいいわ、ありがとう」
私はそう言って店を出るとレストランに急いだ。
お腹が減って。
お腹が減って。
「もう我慢が出来ない」
私はレストランに入るとそこでも驚いた表情で出迎えた店の女将に笑みを見せた。
「パンとスープをちょうだい」
そう言って出てきたパンとスープと何故かチキンソテーも食べてお金を渡した。
けれど女将は蒼褪めながら拒否をしたので礼を言って店を出た。
公爵家領内で食事をしたことがなかったのでこんなこともあるとは知らなかった。でも今はお金は大切に使いたいし、これからは自分で料理も作るから今回のサービスを受けておくわ。
私は魔法の本が売っていない事を知り、魔法紙を売っている店で移動魔法紙を4枚買って、その後に、食料を買って、最初の一枚を手にした。
「公爵家に戻りたくないけれど……魔法書は必須だわ。私の部屋に入る人間はいないから大丈夫よね」
私は自分の部屋に移動してお母さまの写真とお母さまから貰った魔法の本を含めて全ての魔法の本を抱えた。
生まれた時から使っていた部屋だ。懐かしさがないわけではない。
でも。
でも。
「もう戻らないわ」
私はこの部屋でお母さまが亡くなってから初めて笑みを見せた。
「さようなら、ありがとう」
そう言って、私は移動魔法用紙を使った。
もう戻らない。
そう決めて迷いの森へと移動した。
迷いの森も昼間は青空が広がり明るい。
迷いの森の最大の問題は水源が全く分からないということだ。
私は持ってきた魔法書を取りあえず土の上に置いた。
「重かったー、でも足りなかったら魔法書のある場所へ移動しないといけないけど……公爵家の書庫しか思い浮かばないわ」
魔法が使える人間が少ないので魔法書は売っていないみたいであった。ただ、魔法用紙は魔法が使える人間が魔力を込めて作成しているので一般の人でも使えるようになっていた。
「とにかく水の確保と……やっぱり、寝るところよね」
私は魔法書を幾つかパラパラと捲り一つに手を止めた。
「水はこれね」
水流円を顕現させる魔法だ。
魔法の原則は陣と魔力。
「私は魔力を鍛えるところと基礎的な陣とその発現だけだったのよね。この本は中級魔法だからあのまま勉強し続けていたらクリアしていたんだけど」
始めて使う魔法の陣は自身で描く必要がある。その後はその陣を発現させるのだ。
私は枝を一つ拾い土の上に紙に書かれた陣をそのまま真似て書いた。
「それに魔力を注入するのよね」
陣の上に両手を置いて力が注入されていくのを感じる。
魔力は個人と訓練によって強く、そして、増幅させていくことが出来る。
陣が光を放つとそこに直径1mほどの水の渦が出来た。
「出たー」
水の渦にコップを入れて口へと運んだ。
「飲める! 問題なし!!」
渦は注入した魔力を費やすと消える。
「でもこれを繰り返せば大丈夫」
思わず自分の魔力の多さと高さに感謝した。
その後、私は木を幾つか切り倒して並べて寝床を作った。
屋根はない。
雨が降るまでに屋根を用意すればいいのだ。問題はなかった。
日中明るかった空はやがて宵闇に差し掛かり、夜へと切り替わり始めていた。
火の魔法についても持ってきた魔法の本を見ながら陣を描きだすことが出来た。
ノープロブレムである。
私は火を魔法で起こして集めた小枝をくべるとフライパンの上に買った野菜と肉を載せて焼き、塩を振った。
「料理はしたことがないから仕方ないけど、問題はないわ」
屋敷の料理から考えれば単純な味だったが不味かったわけではない。私はそれらを食べると水流円で洗い流して漸く一息ついた。
ぼんやりと夜の静寂の中で空を見上げた。
マジックライトも本を見ながら顕現させて本を読む明るさを保つことできた。
あの日から。
お母さまが亡くなりアンナ・ジョーンズとマリナがやってきた日から毎日がイライラして本を読むこともなかった。
私は持ってきた魔法書だがそれをペラリペラリと捲りながら息を吐き出した。
新しい生活の始まりであった。
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