第2話 やっぱり悪役令嬢は断罪される
青かった空は赤い宵闇に変わっていた。
北の森の泉の周辺は木々が多い影が闇と交わり一足先に夜の訪れが近いことを教えていた。
その中で私はポツンと立ち尽くしマリナが来ないことに気付いた。
「あの子、アリスに見せたのね」
仲直りと言って呼び出して嫌がらせをしたのも何回目かになったら当然かもしれない。今回も同じだったので「あーあ」という気分だ。
私はフゥと息を吐き出してガサリと人の近付く気配に目を向けふっと笑った。
「あらあら来たのね」
そう思って現れた人物に目を見開いた。
ウェールズ公爵家の騎士団長のエイドリアン・シーモア。
「フィオレッタお嬢様。ここ、北の森は迷いの森と隣接していることは熟知しておられると思います。そこへマリナお嬢様を呼び出そうとしているのは他意が無いことではないと思われますが如何でしょうか?」
「そうね」
「ご主人さまもアンナさまもマリナさまもお嬢様にお心を砕き、これまでして来られたことを許してこられましたが……ここまでされては」
「マリナが帰って来なければ良いと思ったのよ」
私の中の何かが爆発した。
誰も彼も……あの二人を庇いだてする。
お母さまが亡くなった時に悲しんだ人はいない。貴方たちもお父さまも誰も彼も直ぐに笑顔になってお母さまがいた空間を塗りつぶしてしまった。
「悪い? マリナがいなければあの女だって出ていくっていうわ! 悪い!?」
怒鳴った私にエイドリアンの表情が変わった。
「私はご主人さまと公爵家を守るための騎士団長です。そこまで心が捻くれてしまっていたとは」
赤い宵闇の色を反射する剣がきらりと光った。
私は直ぐに気が付いた。
殺される。
エイドリアンは父と公爵家のためなら何でもする。いえ、あの家はもう私の家じゃ無くなっていたんだわ。
私は踵を返すと走り出した。
この泉にしたのは迷いの森との境が近かったから。
私は背後から追いかけてくるエイドリアンの気配に息を飲み込み懸命に走った。
木々が騒めき足にスカートの裾が纏わりつくけれど、とにかく走らなければ殺されると分かったから足を動かした。
そして、不意にエイドリアンの気配が消えると見たこともない闇の森の光景に息を飲み込んだ。
視線を上げれば空には先の赤い夕闇の色は無くなり星々が輝く漆黒の空が広がっている。
「迷いの森に……入ったのね」
私は小さく息をついてポツリポツリと足を進めた。一日辛抱すれば何処へでも飛べる。もちろん、ウェールズ公爵家の屋敷や庭のどこにでも戻れる。
だけど。
「私、戻りたいの?」
ずっと知ってた。
ずっと分かってた。
胸が苦しくて。
胸が痛くて。
喉元から心が飛び出してきそうだった。
「お母さま!! お母さま!! 私……もう戻りたくない!! お父さまはお母さまも私も愛してなかった!! あそこに私の居場所はないの!」
私は初めて口にして自分の気持ちがはっきりわかったのだ。
ずっと。
ずっと。
あそこは私の家じゃ無くなっていたんだって。
「お父さまがもう少しお母さまの死を悲しんでくれていたら……みんなが一緒に悲しんでくれていたら」
私はその悲しみの後に二人を受け入れることが出来ていたかも知れない。
でも無理。もう無理。
私は地面に座りぼんやりと空を見上げた。
静寂と。
空の闇と地上の闇の中で私はじっと空を見つめていた。
これまでなかったほど心が落ち着いてホッとしている。
怒りも憎しみも。今は負の感情が何処にもない。
「何だろ、凄く落ち着いてるわ」
心地が良い。
ずっとこのままならこのまま穏やかな気持ちでいられるかもしれない。
「そうね、どうせ誰も私のことなど気にもしていないわね。だったら、ここで生きて行けばいいかもしれない」
私は身に着けていたイヤリングや服のブローチを外して笑みを浮かべた。
「領内ならよく分かっているし……食べ物があれば生きていけるから魔法の本を買えば何とか出来るわ」
基本的な勉強はしているのだ。
町へ出てイヤリングやブローチを売ればそれなりのお金が手に入る。
それで魔法の本を買って生活に必要な魔法を手に入れれば迷いの森で生活が出来る。迷いの森は迷うだけで人を害する魔物がいるとか言われていない。ただ移動魔法が無いと出れないだけなのだ。
「だから、移動魔法と火と水の魔法ね」
父のアルバート・ウェールズには魔力はない。だが、母の生家は数少ない純粋魔法家系のホーリー家だったので魔力があった。
私にも勿論ある。
「だから、お父さまは私に魔法を教えようとしていたのよね」
けれどそれをアンナ・ジョーンズの再婚を機にサボってきたのだ。
「取り合えず、本を見ながら勉強だわ」
心は決まった。
お金があってもあの家で悶々と生きるよりはずっといい。
私は土の上に寝ころび目を閉じた。
屋敷のように綺麗ではなかったけれど、それでも、自然を流れる風や木々の歌声は私の心を落ち着かせたのだ。
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