第7話 エピローグ




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 携帯に耳を当てるゴドウは、部下から聞いた報告で顔が強張る。



「――緊急事態だ、ワタル。メイが災害級悪魔と交戦している。私達も向かうぞ」



 抗魔機関の総監そうかんである彼もまた、上澄みの祓魔師である。災害級の出現ともなれば、自ら出向くつもりらしい。




「まさか……ッ!」



 パソコンのモニターばかり見てずっと背を向けていたワタルだが、振り返りゴドウに視線を向ける。




 災害級。つまり上級より、更に上の存在。



 人の域では決して至れない魔力の多寡。そう認定された存在を指す。



 しかもメイが追っていた相手は――〈十二天将〉。




 そんな存在とメイが街で交戦したら――。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 メイは幼い頃から変身ヒーローが好きだった。



 巨悪を討ち倒す存在を、心から欲していた。



 いないなら自分がなればいいと思った事もある。



 だけど結果として自分は変身ヒーローみたいな、圧倒的強さを持っていなかった。



 親友のミサキも守る為に悪魔化までしたけど、結局は全て敵の手のひら。無駄に悪魔化しただけで終わり、ミサキは目の前で殺された。



 現実は理不尽な死ばかり。笑顔で話していた人が、次の日には命を奪われてしまう事も頻繁にある。



 明日は我が身で、多くの祓魔師は自分もいつ死ぬか怯えて生きている。



 だからいないと分かっていても、心のどこかでヒーローを求めていた。



 圧倒的な強さを持つ誰かがいてくれたなら――――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 オオガイは真の姿を現した。



 黄金に輝く体毛を持つ狼。体長は5メートルを越えるが、その巨体に似合わない俊敏な動きでメイと対等に渡り合っていた。




 腕を振るって放つ炎の斬撃は建物を貫き、大地を焼き払った。



 何十件も一軒家やビルが焼け落ち、瓦礫が散乱している。既に数百人は死に重傷者も大勢いた。



 緊急警報が鳴り響き、周辺住民の避難は開始されている。



「ガァァァァアア……‼」



 ビルの外壁に張り付き、オオガイが掌から爆発を放つ。それを空中に立つメイは「――――ざん」省略詠唱し、見えない斬撃で叩き切る。




 術における詠唱は、技の威力を底上げする。オオガイの様に、真の姿では上手く声を出せない悪魔にはできない芸当だ。




 メイは悪魔の中で最も希少な人型。祓魔師同様、詠唱が可能である。



 悪魔化によって得た強力な魔力に加え、詠唱による術の性能の底上げ。想像以上に大きなアドバンテージだと、オウガイは冷や汗を掻く。




 このままではヤバい。死ぬかも知れない。彼自身がそう感じた時だった。




 ビルの屋上に着地し、メイはオウガイを睥睨する、〈十二天将〉とはこの程度かと。



 そして「斬帝ざんてい――実行じっこう」メイが霊符を指で挟み、術の最終奥義――式神によって勝負を早々に決めようとした瞬間、「――――ッ‼」顔や指に亀裂が入る。




「…………ッ! ハハハハハハッ!」



 やっと勝負を焦ったかと、オウガイは勝利を確信して嘲笑する。



「なに……?」



 何が起こっているのか分からない。ただ言える事は一つ。式神の構築が中断され、魔力が暴走したという事。通常では考えられないこの現象。それはつまり――。




「これが君の異能か……!」



 察したメイは悔しそうに歯噛みした。



 異能には大雑把に二種類存在する。気配が有るものと無いもの。



 周囲に影響を及ぼす異能は気配が存在する。逆に自己強化など周囲に影響を及ぼさない異能は気配を全く感じられない。




 そしてオウガイの異能は――後者。



 周囲に影響を及ぼさない代わりに気配がない。



 結界術の性質変化こそ、オウガイの異能。彼の結界術は全て、通常の効果とは大きく異なる。



 つまりメイの術を妨害したのは、結界の効果。異能ではないという判定だ。



「…………」



 ――初見殺し。それが遠目で見ていたシンジの感想だった。



 式神は悪魔や祓魔師にとって奥義にして、切り札だ。魔力の消耗も著しい。それを妨害するというだけでも反則みたいなものなのに、異能特有の気配すらない。




 予め異能を知らなければ、多くの者が安易に式神を使用してしまうはずだと、シンジは思いながら体を起こす。




 体中に切り傷が多く、服も所々破れている。



 死ぬギリギリで庇って抱き抱えていたチエは、地面に転がした。意識は失っているが死んではいない。




「悪魔にとって、人の血肉は食料だ。人を食わねば、悪魔は魂の疲労を癒せない。だからこそ、俺達悪魔は人を殺す訳なんだが……――、お前は例外らしいな」



 ビルの屋上。人の姿に戻り、何処からか取り出した服を着用し始めるオウガイ。



「癒しの異能。体だけじゃなく、自分の魂すらも癒せるのか……。便利な物だな、人を食わずとも死なずに済むとは……」



 そう言って、正面に建っているビルに視線を向けた。「だが――もう限界か」と彼の視線が鋭くなる。



「…………ッ」



 体中の切り傷から血が流れ続け、意識が朦朧もうろうとし、遂に悪魔の力は限界に。メイの体から魔証が消えて、瞳は薄紫色から元の色に戻る。




「お前は想像以上に強かった。ここまで追い詰められるとは思わなかった。お前が仮に万全であったなら、俺に勝ち目はなかっただろうな」



 称賛を口にし、オウガイが指に霊符を挟み「――終いだ」と口にした。





 その時「――〈絶界ぜっかい〉」と、シンジは指を二本立て印を結ぶ。




 瞬間的な眩い発光と共に黒く巨大な結界が周辺を包む。



「何、だと……? この俺を相手に、絶界……?」



 オウガイが驚く事も無理はない。



 絶界の効果は主に――二つ。



 内と外で気配を完全に遮断する。これにより魔力による周囲への影響を軽減させる。



 そしてもう一つの効果は――悪魔の力を抑制させる事。



 内部にいる悪魔は、シンジを含め全員デバフが掛かる。



 つまり絶界は、かなり強力で便利な効果を持つ結界術ではある。しかし、一つ大きな欠点を抱えていた。



 それは――格上相手には、基本通用しないという事。



 絶界を発動させた所で瞬時に壊されてしまう。



 だが――。



「…………ッ‼」



 壊れない。



 という事はつまり、シンジは自分に匹敵する存在だと、オウガイは固唾を呑む。数百メートル先にいるシンジとオウガイは、再び視線がぶつかる。




 だが、その表情は先程とは全く異なる。顔が強張るオウガイと、不敵な笑みを浮かべているシンジ。




「お前は……、一体……」



 疑問に思いつつ冷や汗を掻くオウガイ。彼は自分自身でさえ、その動揺の理由が分からない。視線の先に居る少年からは、大して強い魔力を感じないのだから。






「知る必要はない。どうせ――」



 数百メートル先だろうが声は聞こえており、シンジは律儀に答えた。そして「スグ死ヌンダカラナ……」と黒い闇を纏い、影武者へと姿を変化させる。



「「…………ッ‼」」



 明らかに空気が変わり、メイとオウガイは身構える。先程までシンジの気配は純粋な人間のものだったのにも関わらず、今は悪魔の気配を放っている。



 オウガイの背筋に強烈な怖気が走る。目は逸らしていないのにも関わらず、彼の視界から一瞬で影武者が消えたのだ。



 一体何処に――。そう息を呑み、周囲を警戒した時には既にオウガイは、影武者に背後を取られていた。




「――――ッ!」



 オウガイが気づき振り向こうとするが、視界がグルグルと横に回る。



 そして頬が地面に叩き付けられた時、彼は気づいた、自分の胴体と首が繋がっていない事に。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 メイから見て向かい側のビル。彼女は見た、オウガイが首を斬り落とされた光景を。



 漆黒の魔力で作られた剣で、たった一振り。



 シンジは容易く殺して見せた、〈十二天将〉が一人――オウガイを。



 決して弱い相手ではなかった。万全なら自分でも勝てていた相手だろうが、それでも容易く勝てるとは思えない。オウガイはそれ程の強者だった。




「…………ッ」



 そんなに強力無比な力を持っているなら、最初から戦って欲しかった。死人なんて一人も出さずに済んだはずだと、メイは義憤で拳を固める。




 だけど、それは逆恨みだ。別に抗魔機関でもない人間に、人助けの義務はない。それに正体を隠している様子なのは見ていれば何となく分かる。




 そうメイは理屈で納得し、感情を自制した上で考えた、彼の力が欲しいと――。




「――大丈夫。死んでない」



 シンジは既に影武者の姿を解いている。絶界も消え、夕焼けの空が広がっていた。警報や人の声もまだ止んでいないらしい。未だに音が鳴り響き、周囲は混乱の渦に居る。




「一応言い訳するけど、僕は普通の悪魔とは違う。人を食う必要はないんだ。ただ悪魔の力を使用できるだけで、普通の人間だよ……。できれば他の祓魔師に報告は控えて貰えると助かるんだけど……」




 チエの安否あんぴを確認した後、シンジは言い訳やお願いを気不味そうにし始めた。



「…………ッ」



 あれだけの力がありながら、人の血肉を食らう必要がない。それなら尚更好都合だ。彼の力があれば確実に復讐は果たせる。そうメイは確信する。




 そして、どうしてもシンジを抗魔機関に引き込もうと焦った結果――。




「君――僕の処女・・、欲しくない?」



 メイはつい、とんでもない事を口走ってしまう。



「…………は?」



 流石に呆けるシンジ。彼の反応が正しい。誰だっていきなり処女が欲しいかと尋ねられたら、ポカンと口を開けて耳を疑う。




「君が抗魔機関で働いて、僕に協力してくれるなら、僕の体を好きにしていいよ……! かなり困るけど、どうしてもって言うなら子供も産んであげる……! どう、かな……?」




 自分でもおかしな提案をしていると自覚があるのだろう。緊張と焦りで更に変な事を言い始める、メイは茹で上がったみたいに真っ赤だった。



 何故か、子供まで産むとか自ら口走っており、自分でも訳が分からなくなっている。



「…………ッ‼ 処女、だと……!? い、いやいや……! 僕はもう美少女の処女を奪った経験あるし!? その手のコンプはないし!? 別に今さら処女なんて! そんな非モテ男みたいな趣味なんて――」




 どう考えても抗魔機関に属して戦うなんて面倒臭い。正体を隠したいのだから、できれば避けたい職業だ。




 だから精一杯強がり、逃げようとするシンジ。いつまでも下半身に行動が支配される訳にはいかない。しかし――。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――後日。



 抗魔機関の象徴である黒いコートを着て、僕は悪魔と対峙していた。目の前には体が腐り異臭を放つ巨大な竜。



 ここが田舎町だった事が幸いだ。住民の避難も比較的に容易であり、被災者は少ない。



「ゴオオオオ!」



 威嚇し、咆哮を上げる腐臭竜。迫り来るが、あまりに遅すぎる。既に僕の体からは黒い霧が出ており――。




「…………ッ‼」



 たった一瞬で切り裂かれる腐臭竜。首の断面から吹き出る血で雨が降る中、僕は高らかに叫ぶ。



「何度デモ良イモンダヨナァ! 血ノ味ハヨォ!」



 ――――と。













――――――――――――




 ――――完結です!


 最後に【★】してくれると幸いです!


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