第4話 気配ただ漏れですが?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 金髪碧眼の男――オウガイ。彼は高層ビルの屋上で街を見下ろしていた。



「久瑠宮メイ……。この俺を追って此処まで来るとはな……。無鉄砲な女だ」



 彼はフンッと鼻を鳴らしあざける。



「あぁ一人で問題ない。災害級の悪魔とはいえ、俺の敵じゃないさ。それにもう幾つか手は打っている。既にメイが悪魔の力を振るえる時間は僅かだろう。時間稼ぎさえすれば、それだけで俺が勝てるだろうさ」




 携帯を耳に当て、オウガイは誰かと会話している。



「用意周到なのは当然だろう? 何度も戦う機会があるなら、たとえ1%の敗因すら命取りだ。いつか低確率を引くかも知れないからな」




 屈強で二メートルを超える大男な彼だが、体格に似合わず案外チマチマとした小細工を弄していた。



 通常の悪魔とは違い、メイは疲労回復が遅い。



 この一週間、オウガイはメイの周囲で人々の悪魔化を誘発している。少しずつ確実に疲労が蓄積する様に連戦させていた。




 実際、今現在メイが全力で戦える時間は、万全と比較し三分の一以下に陥っている。



 それでも彼女が抗魔機関に引き返さず、此処までやってきたのは偏に復讐心故である。



 あえてオウガイは抗魔機関に尻尾を掴ませたのだ――俺は此処にいるぞと。



「先に集まってろ。俺も今日中には終わらせて、すぐに例の場所へ向かう」



 現代には似つかわしくない羽織袴はおりはかまの格好で、彼は非常に目立つだろう。しかし追われているなんて自覚はなく、寧ろ奇襲を仕掛けようと目論もくろんでいた。




 だが――その前に駄目押しだ。メイが先程、会っていた黒髪の女。アイツを人質に使ってやろうと、オウガイは口角を上げる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『日本でも移民が人口の10%まで増えた結果、強姦など性犯罪が急増。移民による性犯罪は後を絶たない状況です』



『移民が狙う対象は、主に中学生や小学生といった未成年であり――』



『全ての移民が悪だとは言いませんが、犯罪発生率の高い国から移民を受け入れるのは非常に危険であり――』



『ドイツは移民を受け入れ過ぎた結果、移民に国を明け渡している様な状態です。移民反対する政治家は次々に暗殺され、このままでは日本もいずれ同じ様な事に――』




 社会の問題は、悪魔だけじゃない。もしかしたら、この力があれば社会の抱える重大な問題の幾つかは解決できるかも知れない。




 だとしても僕は、人助けにいまいち興味を持てなかった。



 寧ろ僕は――弱い奴を痛めつけたいくらいだ。



 悪い奴を許せないなんて感覚は、多分一生理解できないと思う。何故なら、僕は昔から損得勘定ばかりで物事を判断してしまうからだ。




 善悪より――損得。悪よりも損が嫌い。だから得する側が良い。傷つけられる側より、傷つける側が良い。そういう発想になってしまう。




「――おかえり」



 僕は振り返り、ソファから立ち上がる。そしてリビングのドア前で、黙って手を広げるエイルに近づいた。



「ただいま」



 エイルはギュッと僕を抱き締めてきた。性行為してからは、こういうスキンシップも多くなった。



 帰って来る度に毎度抱き着いてくるのは当たり前。元からそういう気持ちはあったのだろうが、無駄な遠慮がなくなったのだろう。




 特に今日は機嫌が良いのか、キスし舌を入れてきた。



「……一応聞くけど、アンタってどうしても抗魔機関で働く気はないの?」



 唾液の糸を垂らしながら、エイルは薄らと顔を赤く染めている。



「どうしてもって言うなら入るけど? 姉ちゃんの頼みなら僕は断らないよ」



 頬を掻き苦笑する僕。



「…………ッ! アンタってホント、お姉ちゃんの事好きよね……。全く……」



 照れ隠しで背を向け、エイルは冷蔵庫を開く。そして中身を確認して「あ……。そういえば昨日で食材切らしてたんだ……」と、嘆息し肩を落とす。




「…………ッ!」



 数百メートル先から気配を感じ、僕の顔は強張る。



「私、今から買い物に行って――」



 冷蔵庫を閉め、再び玄関に向かうエイル。僕はその肩を優しく掴んだ。意識して、表情は柔らかく自然に振る舞う。




「ちょっと待って。僕が買い物に行くよ。何を買えば良いのか、後でメールで送って」



 あくまで自然に、ただ買い物を代行しようと提案した。



「…………? 何か用事でもあるの?」



 首を傾げるエイル。



「うん……、ちょっとね。少し体を動かしたい気分というか……。最近運動不足だからね……」



 黒いジャケットを着ながら僕は気配を探る。かなり小さく気配は抑えているが、災害級が二人。しかも、どちらもこのマンションから距離が近い。




「あんだけいつも夜は激しいのに運動不足なの……?」



 少し照れた表情で、エイルが下腹部を触りながら言う。



「年頃だからね……。元気が有り余って仕方ないんだよ……」



 確かに日頃から激しく行為をしまくっている。流石に運動不足は無理があったかと、僕は営みを思い出しながら苦笑した。




「……二人目、作っちゃう?」



 服をずらし、腹を見せてくるエイル。赤面し、爛々らんらんとした瞳。もう準備はできていると言わんばかりに、濃密な色気が漂っていた。




「…………。姉ちゃんって偶に可愛いよね……。でも、その話は後でね……」



 エイルをギュッと抱き締めてから、僕は家を出た。大きな気配が少し揺らぐ。僕が気配に気づいている事に、相手も気づいたのだろう。




 魔力で目を強化し、数百メートル先、高層ビルの屋上を見た。不敵な笑みを浮かべた金髪の大男と、僕の視線がぶつかる。





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