第2話 相変わらず恋愛感情は皆無!


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 政府と連携し、悪魔討伐を担う組織――抗魔機関こうまきかん



 其処そこは海上都市の聖桜せいおうに本部を置いている。



 東京都程度の面積しかない小さな人工島だが、人口は多く悪魔の出現も少ない。



「福岡県の博多で中級の悪魔が出現したらしいわ。死亡者は35人。負傷者は軽度の者も含めて180人を確認している。それに加えて――」



 青髪の女――チエはメガネを軽く持ち上げながら、資料を手前の両袖机の上に置く。



「……あれ? これってエイルちゃん? それに弟君かな? 顔よく似てるし……」



 長い赤茶色の髪をハーフツインで結んだ小柄な女――メイ。彼女は資料を手に取り、映像を切り取った写真を見て少し驚く。




「防犯カメラに映っていた悪魔は、推定中級のグールだった。そのグールが忽然と姿を消した後、デパートから出て来たのが――この二人。……まぁ勿論、他の取り残された客も大勢いたけど……、でも恐らく高い魔力を持っているのは宮城エイルだけだと思う」



 椅子に座り、足をプラプラさせているメイに、チエは真剣な眼差しを向ける。



「エイルちゃんが中級グールを討伐したって言いたいの?」



 椅子をグルグルと回転させながら、横目でチエに尋ねるメイ。コテンと首を傾げ、彼女は杞憂きゆうとしか思っていなさそうな態度だった。




 一応、メイは特例祓魔師として、立場は部隊を率いる隊長と同等なのだが、容姿や格好の所為だろう。アイドルにしか見えず、両袖机りょうそでづくえの席に着いている姿は少々不格好だ。




 整った容姿。可愛い系の顔立ち。小さな体躯。子供っぽい髪型。白いブラウスに短パンを着用している。




 祓魔師の証である黒いコートも着ているが、かなりブカブカで大きさが合っていない事から、それが余計に威厳を損ねてしまっている。




 可愛いという印象が強すぎて、メイには上官としての風格が足りていなかった。



「私はそう思ってる。もしかしたら魔証を患っているかも……。家族をていして助ける為に、悪魔化する道を選ぶ人も多いから……」



 どうせ死ぬなら家族を助ける。そういう道は人の心として十分に考え得る。もう十年以上抗魔機関の祓魔師として働いているチエからすれば、一度や二度の珍しい事態ではない。




「うーん。どうだろ。あの子なら魔証を患った時点で、隠さず私に連絡してきそうだけど……。まーでも、一応僕が確認しておこうかな。知り合いだしね」




 黒いニーソを少し引っ張りながら、メイは溜息を吐く。面倒だけど、知り合いから悪魔が出て何かしら被害が出たら一大事だ。



 特例祓魔師の立場としては、できれば醜聞しゅうぶんは避けたい事態である。



「僕としては、考えたくない話しかなぁ。あの子はワタルに匹敵する才能があるしね」



 エイルが幼い頃にメイは気づいた、あまりに魔力制御が上手すぎる事に。何の訓練もしてないはずのエイルは、明らかに中堅並みに魔力が洗練されていた。



 それからだ、定期的にメイはエイルに会い、抗魔機関へ勧誘しているのは。



「それ何度も聞いているけど、本当なの? ワタルってあんなちゃらんぽらんな馬鹿だけど、一応は現代最強の祓魔師なのよ? それに匹敵って……」



 何度聞いても信じられない話だと、チエは眉間に皺を寄せる。



「まぁ精神面含めたら、あの馬鹿には敵わないかもだけど……。近い潜在能力はあると思うんだよね。なんとなーくだけど僕には分かるんだ。これも悪魔になった影響なのかな?」



 そうメイは悪魔である。しかも上級より更に一つ上――災害級の。



 十年以上も前の出来事だ、彼女が悪魔化したのは。



「…………。アンタが悪魔化した時は正直ヒヤッとしたわ……。アンタの異能が回復寄りだから、ギリギリ討伐対象外にできたけど……。結構無理やりの決定だったんだから……」




 百年以上前から日本は悪魔を抗魔機関に組み込む事は固く禁じていた。故にチエとしても苦労したのだ、メイを特例祓魔師として討伐対象外まで話を持っていく事は。




 世間からの風当たりが今より強い時代だ。最初はメイも裏切りの祓魔師として、世間から猛烈に叩かれ、一年以上はしつこくテレビ等で悪い噂を流され続けた。




「仏頂面の癖に意外と友達想いだよねぇ」



 メイは特に気にした様子もない。強がりではなく、実際に世間体を気にしていない。何故なら彼女には、大抵の事が小さく思える理由があるから。




「……アンタあまり無茶ばかりしてると、今度こそ死ぬわよ?」



 本当に心配そうな声だった。チエにとってワタルやチエは十年来の友人である。共に仕事を続け、命を預け合った仲だ。




 死んでほしくないから、メイを止めたい。それがチエの本音だろう。



「死なないよ。死ぬ訳ない。まだ僕の復讐は終わってないんだから……」



 メイは止まる気はなかった、どこまでも。



 十年前の出来事。今でも鮮明せんめいに思い出せる、あの悲劇を彼女は今でもっている。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――姉に筆おろししてもらって、一年が経った頃だ。



「まさか、魔証が体中に進行するどころか、綺麗さっぱり消えてしまうとは……」



 僕の体に刻まれた文様は、体中に広がる所か消えていた。魔力は更に爆増しているが、それだけ。全く体に変化が気配はなく、僕は今でも普通に生活している。




「全く! どうしてくれんのよ! アンタの形見だと思って、子供作っちゃったじゃない!」



 リビング。赤子――エイナに母乳を飲ませながら、エイルが少し怒った様子で声を上げる。



「やぁ……、でも仕方ないでしょ。魔証が治るなんて前代未聞だし、それに子供は、姉弟愛していあいが強すぎた結果だし……。うん、仕方ない……」



 僕だって悪魔として祓魔師に処理される事を覚悟していた訳で、別に姉を騙した訳でもない。とはいえ実の姉を孕ませ、子供を出産させたのも事実。少しだけ気不味い。




「ま、まぁ私達、姉弟愛が強すぎるのは確かだけど……」



 相変わらず姉弟愛という言葉に弱い様子のエイル。薄らと頬を染め、少し嬉しそうにしており、先程までの不満は消えた様子。




 この一年で分かった事だが、僕は全く男として見られていないらしい。本当に家族としか思われておらず、恋愛感情は皆無だ。




 とはいえ、未だに性行為は頻繁にはしている。お互い恋愛感情はないが、気持ちが良いので我慢できず、ズルズルと体の関係だけは継続中。



 恐らく片方に恋人が見つかるまでは、この関係が続くのだろう。



『――――ッ!』



 テーブルの上で携帯が鳴る。エイルはエイナをベビーベッドで寝かせて、携帯を手に取り耳に当てる。



「またアンタ? 何よ唐突に、会いたいって……。言っとくけど、アンタが何度誘っても私の気は変わらないから」



 何か面倒臭そうに顔を歪めているエイル。



「…………」



 僕は魔力で聴覚を強化し、会話の内容を聞こうと思えば聞ける。でも盗み聞きなんて品性が足りないので、流石に自制じせいした。




 エイルは端正な顔立ちなので、男がしつこく言い寄って来るのは仕方がない事だ。そう思いつつ僕は気を紛らわせる様に、テーブルに置かれた菓子を手に取った。




 確かに僕は姉に恋愛感情は抱いていない。とはいえ、頻繁に抱いている女が他の男に股を開くのは嫌だった。




 とはいえ、結婚している訳でもない。僕が束縛する道理なんてどこにもないのだ。モヤモヤはするけど、姉の意思を尊重したい。



 だから僕は決して不満を口に出す事はなかった。



「……分かった。今回だけよ? これで最後にしてよね」



 暗い表情でエイルは溜息を吐き、折り畳みの携帯を閉じた。



「シンジ。今から私、少し出掛けるから」



 何だか面倒くさそうに溜息を吐き、エイルは出掛ける準備を始める。財布や携帯を衣嚢いのうに入れた。



 秋だから少し肌寒い。魔力があれば体を冷やせるし温めれるから、気温なんて関係ないのだが、季節に外れた格好は何と言うか見栄えが悪い。




 エイルもそう思っているのだろう。彼女はシャツとジーンズの格好に黒い上着を重ねていた。何だか男みたいな格好だが、昔から姉のファッションセンスは男寄りだ。



 スカートを穿いている姿なんて、学生服くらいでしか見た事がない。



「何か荒事なら、僕が対処するけど?」



 一応、乱暴な男に脅迫されている懸念けねんを持ち、僕は善意で提案する。昔から高い魔力で喧嘩負けなしの凶暴な姉ではあるが、訓練された相手であれば対処は難しいだろう。




 死に掛けた経験を経て、妊娠中でも可能な訓練は積んでいる様だが、所詮は素人の独学でしかない。



 やはり専門家や教官の下で訓練した者が相手であれば、かなり分が悪いはずだ。



「アンタは力がバレちゃ不味いでしょ? ある程度コントロールできるとはいえ、もしもの時を考えなさい。お姉ちゃんもそれなりに強いから大丈夫よ。それにアンタはエイナの面倒を見てくれないと……」



 ベビーベッドで寝ているエイナに目をやり、エイルは少し不安そうな表情を浮かべる。



「確かに……」



 子供を家に放置して出掛けるのも不用心だと、僕も考える。非常事態であれば抱き抱えたまま戦うしかないが、できれば避けたい。



「何かあれば連絡するから……」



 エイルは少しだけ嬉しそうな声で背を向けた。



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