【影武者】―最強の悪魔になった少年は、祓魔師として働く―

BIBI

第1話 童貞のまま死ぬのは嫌だ!



 瘴気しょうきを取り込み過ぎた者は、大きな魔力を得る対価として――悪魔になる。



「――――ッ」



 僕――宮城みやぎシンジの目の前には悪魔がいた。



 つい先程まで普通の人間だったのだろう。男は肌がただれ、片方の目玉がくりぬかれてグール化しているが、そこまで汚れていない服を着用している。



「…………ッ」



 そのグールを前に僕は動けない。みっともなく尻もちを突き、ガタガタと震える。もうここで死ぬんだと、半ば諦めている。




 だが、その恐れは迫り来る自分の死によるものではない。



 本当に怖いのは姉を失う事だ。



 ここは先程まで人が賑わうデパートだったが、既に閑散としており、助けが来る様子はない。



 周囲に見えるだけでも人が十数人か転がっているが、恐らく全員死んでいた。



「シンジ、アンタだけでも逃げなさい……」




 黒髪を腰まで伸ばした少女――エイルは、血が流れる腹を抑えながら苦しそうに声を出す。



 僕は自分一人で逃げる気なんて毛頭なく、姉を抱き寄せたまま、近づいてくるグールを見ている事しかできなかった。



「仕方ないか……」



 僕は覚悟を決めた。



 大した話じゃない。悪魔に襲われた者なら、よくある話だと割り切る。



 鉈を強く握りゆったりと近づくグールを見て、そっと僕は嘆息し、目を閉じた。




 次の瞬間――。



 大きな魔力の爆発でビルの一角がぜた。



「…………」



 降り落ちるガラス片。僕は今の自分の姿がチラリと見えた。



 まるで影で作られている様な、漆黒の甲冑かっちゅうを身に纏い、顔も闇で塗り潰されて見えなくなっている。



 ふと、幼い頃に思い描いた最強の悪魔を思い出した。



 ――影武者かげむしゃ



 僕が考えた最強の悪魔だ。



 悪魔化した姿は、印象的な思い出や知識によって変化する為、千差万別。



 つまり僕が武者姿なのは、それだけ強く悪魔に憧れていたという事だろう。



 自分でもおかしな奴だとは思う、祓魔師エクソシストではなく悪魔に憧れてしまうだなんて――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 変人気取りの奴に限って、何だかんだ友人がいて、何の変哲もない平凡な人生を歩む普通の人だ。



 変人好きアピールする女に限って、本物の変人に遭遇すると距離を置く普通好きの女だ。



 そう考えると、僕は変人側なのかも知れない。



 明らかに周囲から浮いていたし、よく嫌われていた。



 別段、馬鹿でも賢い訳でもなく、何の特徴もないはずなのに、何故か浮いていた。集団に溶け込めなかった。




 論理的な会話は得意な方だし、人の気持ちにだって共感できる。なのに決定的な何かが周囲と違っていたのだろう。




 周囲は僕に少し距離を置いていた。



 僕の人生は常に知り合い止まり。孤独というほどでもないが、友人未満。



 努力はしたが、僕が周囲に『同じ』だと認められる事はなかった。



 だから不良に目を付けられたり、教師にも笑いものにされる対象として扱われ、それなりに嫌な思いをして生きていた。




 でも僕は、それが単純な不幸だと思えなかった。



 殴られて、嫌われて、馬鹿にされて、恥ずかしいはずなのに――少し楽しかった。



 暴力的な不良に格好いいなと思ったし、生徒を小ばかにする教師にも憧れた。



 僕もこんな強者側になりたいと、心から思えた。



 今は勇気の足りない僕でも、大きな力さえあればきっと――他人の人生を軽視して踏みにじれるはず。




 その強い想いがきっと――。



 『影武者』という形として現れてしまったのだろう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 運が良い事に爆発の原因は突き止められていないらしい。救命を優先して忙しい上に、最近は何かと事件も多い。




 あの場から抜け出して自宅に帰る事は容易だった。




 黒い甲冑は肉体が変化したのではなく、単に魔力で生成されていただけだったので、少し意識して魔力を動かすと簡単に霧散した。



 だが――。



「やっぱり駄目か……」



 物の少ない私室。僕は胸と肩に浮き出た黒い文様を見て、落胆の声を出した。



 力の代償。瘴気を取り込み過ぎた者の末路――魔証ましょうである。



 一般的には魔証を患えば、数週間で必ず悪魔化すると言われている。



「アンタ、それ――〈魔証〉、よね……?」



 先程の騒動で汚れた学生服のまま、着替える様子もなくエイルは声を震わせていた。



 先程腹をなたえぐられたというのに、エイルは弟が心配で服を脱ごうともしない。とはいえ、平然と立って話している事から殆ど傷は癒えているのだろう。



 エイルは幼い頃から、祓魔師としての適性が非常に高い。本人が祓魔師に属する気がないというだけで、彼女の治癒能力は有象無象の祓魔師より格上だ。




 本来、彼女が基礎的な訓練さえ終えていれば、先程のグールにも後れを取る事はなかったはずだ。




「姉ちゃん……。僕、このままだと悪魔になっちまうらしい」



 魔証は一度発症すれば必ず近い内に悪魔と化すと言われ、多くの市民が忌み嫌う不治の病だ。



 いわば人としての余命宣告。



 普段は楽観的な僕ではあるが、これには流石に肩を竦め、大きく溜息を吐いた。




「はぁ~~。マジ最悪。僕、死ぬのかぁ……。まだ童貞なのに……。一度でもいいから面の良い女の処女を奪いたかった……」



 瘴気とは、魂の残骸。つまり多くの死体が転がっているあの場には、大量の瘴気が漂っていたのだ。



 だから僕は周辺の瘴気を取り込み、強力な魔力を手にした。



 そして力の代償として、魔証を患う結果となる。



 正直、後悔はない。大切な姉を守れたのだから、後悔している訳がない。ただそれはそれとして、童貞なまま死ぬのはあまりに悲しかった。



 数週間。どう考えても僕が彼女を作ってセックスするには短すぎる期限。そもそも十数年もの歳月があったのにも関わらず、彼女の一人も作れていないのだ。




 流石に一ヵ月どう頑張っても、彼女を作れる訳がない。



 いや正確に言えば、僕は顔が良いので、ブスな彼女ならいくらでも作れるだろう。



 でも僕が求める理想の女は、清楚で可愛い女だ。



 ブスを彼女にするくらいなら、童貞の方がマシなので論外。



「アンタ、馬鹿じゃないの……! そんなことを言っている場合!?」



 半泣きでエイルが喚く。僕よりもずっと悲しそうなのは、悪魔化の原因が自分にあると責めているからだろう。




 昔から責任感が強い姉で、いつも僕の事を考えて行動してくれていた。自分を置いて逃げていれば――。そう思わずにはいられない。そういう人だ。




「女には分からないだろうけど、男にとっては凄く重要な話なんだ。どんな女を抱いた経験があるのか、それが人生の価値を決めるんだよ……」



 金や名誉じゃ満たされない男の欲望というものがある。そもそも美人を抱くだけなら金があれば誰だって抱けるのだ。



 そんな簡単に手に入るものに大した価値はない。少なくとも僕はそう感じる。



 対して、身近に清楚な美人と結婚した人がいたら、やっぱりみっともなく羨ましいと感じてしまう。きっとこういうのは僕に限った話ではないだろう。




「……そ、それにしたって、可愛い女は処女以前に競争が激しいでしょ? そこらのブスで妥協できなかったの?」



 圧倒的に的外れな意見を姉が述べてきた。流石にこれには僕も呆れて大きな溜息を吐いた、何を言っているんだこの馬鹿はと。



「ブスの処女なんて奪いたくないって……、汚らわしい。誰も踏まなかったウンコを自分だけ踏むようなもんだよ」



 想像すらしたくないおぞましい話だ。僕はウゲッと顔を歪める。



「モテない男が処女好きって都市伝説じゃなかったのね……」



 口元を押さえ、深刻そうな面持ちのエイル。どうやらテレビやネットで得た知識を鵜呑みにしている様だ。



「いやいや……。モテる男も処女は好きだよ。嫌いな男はいないよ。仮に女優レベルの可愛い彼女ができたとして、その子が処女だったら誰だって嬉しいに決まってる」




 僕は当たり前の男の価値観を口にした。どんな良い男だろうと、99%はそういう価値観だ。女には理解し難いかも知れないが、そういうものだ。




「でも、テレビだとモテる男は処女を面倒なだけだって……」



 テレビの俳優とかが口にする女受けの良い建前を信じていたのだろう。エイルは口元に手を当てたまま、未だ信じられていない様子だ。




「いやいや……。適当に性欲処理に使おうとしたブスが処女だったら、帰れって怒鳴るだろうけど。良い女の処女だったら大歓迎でしょ……。それに今付き合っている女が非処女なら、気を遣って建前も言わなきゃだし……、多くの男は本音を隠して生きるだけだよ」




 女は彼氏の建前を鵜呑みにするかもだけど、男は皆処女が好きだ。こういう至極当然の本音って女は言われないと分からないものなのかなと、僕は呆れながらベッドに腰を降ろす。



「案外男も女に気を遣って生きているのね……」



 今まで男をガサツな存在だと思っていたのだろうか。エイルは素直に驚いたと様子で目を丸くする。




「女より本音を押し殺して生きていると思うよ……。変に敵意を向けられてもウザいからね……」



 僕もそうだが、男は大抵女にキモイと言われるくらいなら平気だ。でも敵意まで向けられるとなれば話は別。普通に少し傷つく。




 だから本音を言うにしても、女から『男なら仕方ないよね』と思われるギリギリのラインを見極めないといけない。




 ある意味、男にとって本音とはチキンレースなのだ。



「それはまぁ、そうよね……」



 エイルは男に変な理想を抱いていない所為か、案外理解ある反応だった。



「…………。一度でいいから、清楚で、上品で、おしとやかで、面の良い女の処女が欲しかった……。美少女の処女を奪った事のない弱者男性として死ぬなんて、俺の人生最底辺すぎる……」




 目にうっすら涙を浮かべ、僕は弱音を吐露した。



「そ、そんなに相手が見つからないなら、お姉ちゃんを抱けばいいんじゃない?」



 何かエイルが凄い事を言ってのけた。



「――は?」



 思わず呆ける僕。このあまは一体何を言っているのだろうと、理解が追い付かない。



「言わなくても分かるわ……、アンタの気持ちは……。清楚で上品でおしとやかで面の良い処女、これってどう考えても私の事よね? 気づいてあげられなくてごめんなさい……」



 顔を赤らめ、目を逸らし、もじもじと話すエイル。



「……姉ちゃん? 何を言って……」



 僕は普通に心配になった、気でも触れたのかと。アンタのどこが上品でおしとやかでなんだと。というか、処女だったのかよと。



「そうよね。私みたいな世界レベルで上澄みの良い女が近くにいたら、有象無象の女なんて興味なくなるわよね……。考えてみれば、当然の話だわ……」




 実際エイルが美少女なのは間違いない。僕と似た様な顔立ち故に、端正なのは事実だ。とはいえ別に姉で筆おろしをしようと考えていた訳ではないので、「お姉ちゃん、ちょっと待ってね? 話についていけない……」と困惑していた。




「正直、弟なんて男として見れないけど、仕方ないと思うわ……。全部お姉ちゃんが魅力的過ぎるのが悪いんだもんね……」



 あくまで姉弟愛であり、恋愛感情ではないとエイルは釘を刺す。これは実際本音だろう。僕も同じで、別に姉に恋愛感情なんて欠片も抱いてない。気持ち自体は共感できる話だ。



「対話なしに話が進んでる……、だと……?」



 それはそれとして話が段々と勝手に進んでいる事に、僕は戦慄していた。



「ほんと、世話の掛かる弟ね、アンタは。でも仕方ないわ。私、お姉ちゃんだから。アンタの童貞、お姉ちゃんが責任もって奪ってあげるわ!」



 顔を更に真っ赤に染め上げ、自分の胸を抱き抱えながら高らかに宣言するエイル。



「――よく分からないけどありがとよォ!」



 僕としても願ってもない話なので、よろしくお願いした。



 エイルは僕と同じく目つきが悪く、冷たそうな印象で愛想が悪い。



 とはいえ胸と尻は大きくて、いつか揉みしだきたいと普段目で追っていたくらい魅力的な体をしていた。




 中背で背が高すぎないのも、僕としてはポイントが高い。



 血の繋がった姉とは言え、良い女なのは間違いない。血の繋がり程度では、僕の中で抱かない理由に成り得なかった。



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