第10話 愚か者の恋-バーバラ ①
「シェリーを見初めるなんて、王太子殿下はお目が高いわ」
お父様からの手紙を読み、みるみる血の気を失っていくシェリーの頬を両手で挟んでわたくしは微笑んだ。
本当にそう思う。
優しく穏やかで、きめ細かな心配りが出来る上、教養も知識も王太子妃候補である高位貴族のご令嬢方にも全く引けを取らない。マナーも非の打ちどころがなく、立ち居振る舞いには侯爵令嬢のわたくしでさえ舌を巻くほどの気品がある。
そして、生まれた時から一緒に育った私の一番の理解者であり、大切な親友だと思っている。
ガレリア家から見れば、フォルン伯爵家は忠誠心が殊の外厚く、伯爵家長女のシェリーは分を弁えて驕ることのない申し分のない令嬢。
そして、高貴な相手に見初められてもなお忠義を第一として速やかに身を引く今回のシェリーの行動から、決してわたくしを裏切ることが無いと判断されたのだ。
その上でのお父様からの私への指示
(王太子妃となる心づもりをせよ)
わたくしはガレリア侯爵家長女のプライドを持って従うのみだ。
望む相手と結ばれることは無いのなら誰に嫁いでも同じこと。
ならば妹にも等しいシェリーを伴って王家に入り、王太子妃、将来は王妃として、寵姫となるには優しすぎるシェリーを守りながら共に国を担っていこう。
彼の瞳に映る自分を思い浮かべながらそう決心した。
入学後早い段階で王太子殿下が強く望む相手としてシェリルを新たな王太子妃候補にと打診があったようだ。
お父様からそのことを伝えられたフォルン伯爵は、主家である侯爵令嬢のわたくしが婚約者候補として挙がっている以上、それに並んでシェリーが王太子妃候補になるなど言語道断だと、即座に辞退を申し入れたと聞いている。
そもそも地方領地の伯爵令嬢の身分で王太子妃となるなどありえない。もしもシェリーが思い上がった心得違いをしていようものなら、即刻修道院に送ると断言したという。
その後すぐに届いたシェリーからの手紙を見て、親子そろって頭の固い忠義者だとお父様は笑っていらしたそうだ。
王家が国内一の資産を有するガレリア侯爵家一門を取り込みたいと考えている事は、国王王妃両陛下のわたくしに対する極めて友好的な態度を見れば明らかだった。
わたくしが王宮に上がった際には必ず王妃陛下が直々にお茶会のお誘いにいらしたり、王家のプライベートな晩餐への頻繁なご招待など、王太子妃候補に挙がっている他の貴族家からすれば明らかな依怙贔屓だ。
わたくしには何も言えない代わりに、その鬱憤は王太子殿下の隠す事のないアプローチも相まってシェリーに向かったようだが、王太子殿下の寵愛を一身に受ける傘下の令嬢をガレリア侯爵家がどの様に扱うか、わたくしの側近であり続けている事が何を意味するかが分からないとは、呆れると同時に気の毒にさえ思う。
それからすぐに、王太子殿下とわたくしの婚約が発表され、正式な婚約者として学園の寮から王宮に居を移した。シェリーはわたくしの筆頭侍女として共に王宮に上がった。
それからの王太子殿下のわたくしに対する態度は婚約者として完璧だった。
恭しくエスコートをこなし、贈り物にも心砕いている。
客観的に美しいとは思っているようで、優しく掛ける言葉や態度に嘘はないようだ。
学園内では他の女生徒を近づける事も一切せず、毎日一緒に登校し、昼食を共にする。
生徒会の仕事も共に熟して、放課後は王宮へ一緒に戻りお互い王太子教育と王太子妃教育を受け、夕食後はサロンで親睦を深める。
婚約発表後の2年間、わたくしへの対応に気を抜く事は一瞬たりとも無かった事は賞賛に値する。
そして、卒業後すぐに挙げた盛大な結婚式の後、わたくしへの見せかけの愛情はさらに強まった。
王太子妃にふさわしく磨き上げ、飾り立てて女神のように扱い常にそばに置く。
周囲からは眩しいほどの寵愛だと噂され、わたくしたちは持て囃された。
ただ、王太子殿下の瞳に映っているのはわたくしではなく常に側に付き従うシェリーだ。
わたくしを崇拝するように慕うシェリーを喜ばせる方法がこれだけしかなかったというだけだ。
わたくしの瞳が何を映しているか、シェリーだけを映している瞳が気づく事はこの先もないだろう。
この結婚は僥倖だ。
わたくしを殺そうとする事も含めて。
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