第11話 愚か者の恋-シェリル ②
「ねぇ、シェリーには好きな人は居る?」
「もちろん、バーバラ様よ?」
私がレース編みの手を止めずに答えると呆れた様に返されました。
「…私もシェリーが大好きよ。
そうじゃなくて、好ましく思う男性は居るかって聞いてるの」
思わず顔を上げると、思ったより近くにバーバラ様の顔があり、みるみる顔が赤くなるのが分かりました。
思い出したのは、アメリア王女殿下とグレイ小公爵様の結婚式で助けて頂いた少年です。
あの日、アメリア王女殿下のフラワーガールとして参加するバーバラ様に付き従って私は王都へ出向いたのでした。
控え室で準備のお手伝いをして会場へ送り出した所、サシュに留めるはずだった家紋を表すピンズが残っているのを見つけて慌て追いかけたのですが、大勢の人の中でこちらに背を向けているバーバラ様に私の声は届きません。自分より上位貴族の方をかき分けて進む訳には行かず、でも何とか近づこうとしていると、その方が声をかけて下さったのです。
「ガレリア嬢を呼べば良いのか?」
すぐにその方の側近らしき方がバーバラ様に声を掛けて下さり、無事にピンズを付ける事が出来たのでした。
お礼をお伝えしようと振り返った時にはもうその方はいらっしゃらず、そのままお会いする事もなく帰途に就きました。
たったそれだけの事だったのですが、彼の翡翠色の瞳がずっと心に残っているのです。
ピンズを見て即座にガレリア家と分かったその方は、恐らく高位貴族のご令息でしょう。私の手の届く方では無いと分かっています。
バーバラ様ならその方にお会いする機会があるかも知れませんので、助けて頂いた事はお伝えしていたのです。
その日の報告は出来るだけ普段通りを装ってお話ししたのですが、生まれた時から一緒に育ったバーバラ様の目は誤魔化せなかった様です。
「シェリーなら、高位貴族家に嫁いでも大丈夫ってお母様もヨーク夫人も太鼓判を押しているわ。
その方にお会いして、お相手もシェリーを好ましく思って下さるなら、ガレリア家の養女になって嫁げば良いのよ」
とんでもない事を何でもない事の様に言われましたが、私は自分の立場をきちんと分かっています。
「こんな大それた事を話しているのをお父様に知られたら、私はきっと次の朝を修道院で迎えることになるわ」
そういうと、バーバラ様はそうね、伯爵には絶対に秘密にしなくちゃとコロコロと楽しそうに笑っていましたが、急に真面目な顔になって私の正面に向き合いました。
「私は王太子殿下の婚約者候補の最後の3人に残ったそうよ。
3ヶ月後には王都の学園に入学して最終選考に進むの。
シェリーは私の側近として一緒に学園に通うようにとお父様からのご指示よ」
バーバラ様が王太子妃の最有力候補だとはお父様から聞いていました。遂にこの時が来たと身が引き締まる思いで御前に跪いて最敬礼を執りました。
「ガレリア侯爵閣下の御心のままに。
フォルン伯爵家シェリルはバーバラ様へ生涯の忠誠を誓います」
バーバラ様の瞳は諦めと決意が綯交ぜになった切ない色に染まっています。
結ばれないと分かってはいながら、それでも一筋の希望を捨てる事ができなかったのだと悟りました。
何も言わず、誰にも語る事なく想いを封印したバーバラ様の決意を目の当たりにし、私もまた淡い想いを封じる事を決意して顔を上げました。
「学園に通えば彼の方を見つける事がきっと出来るわ。
お願いよシェリー、あなたの恋が実る事が私の唯一の希望なの」
この日、私の幸福な少女時代は終わりを告げたのでした。
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