第9話  愚か者の恋-シェリル ①

「我が娘のバーバラが王太子妃に決定した。シェリルは先ずバーバラの侍女として王宮に上がり、時期を見て側妃として召し上げられることに決まった」


父であるフォルン伯爵と共に、寄り親であるガレリア侯爵家の執務室にお呼び出しを受けて告げられました。私も父も身の引き締まる思いでお引き受けしました。

私はバーバラ様の盾となり、この身を捧げてお仕えいたします。


(常に微笑みを絶やさず、おっとりと優雅で控えめな非の打ちどころの無い伯爵令嬢)


これが私に対する世間の評価ですが、これはガレリア侯爵家の皆様のご指導と教育の賜物なのです。

母がバーバラ様の乳母であった為、私とバーバラ様は幼い頃は乳姉妹として育ちました。

4歳を過ぎた頃、私は喉の病に掛かって声を出す事が出来なくなってしまいました。

私はバーバラ様の侍女としてお仕えする事が決まっていたため、母を筆頭に周囲の者はみな躍起になって声を出す訓練をさせましたが、その頃は囁き声程度しか声は出せず、咎められるほどに余計に委縮し症状は酷くなっていきました。

それを見かねたガレリア侯爵様は、私に訓練を強制しようとする人々から引き離して侯爵夫人のフローラ様付きの小姓として常にお傍に置いて下さいました。

侯爵様ご自身も、フローラ様もバーバラ様も私の言葉を咎めることも蔑むこともなくいつも優しく接してくださったおかげで、委縮していた気持ちも次第に解れて行きました。

侯爵家付きのお医者様は、無理に声を出すとやっと治った喉の炎症が再発して今度は完全に声を出せなくなることを私だけでなく周囲の皆にも説明してくださり、その言葉通りに少しずつ私の症状は改善していき、成長するにつれて私の声の事は忘れられていきましたが、今なお2、3人での会話が精いっぱいで、大きな声を出す事は出来ません。

しかし、バーバラ様の侍女であるならば大きな声は必要ありません。

その代わり、主となる侯爵令嬢のバーバラ様に付き従うに相応しい優雅な立ち居振る舞いと、主の品位を保つ為に必要な教養と知識は、フローラ様の筆頭侍女であり、王室のマナー講師の経歴を持つヨーク伯爵夫人直々にしっかりと叩き込まれました。


15歳になった私は、バーバラ様と共に王都の学園に入学しました。

バーバラ様は王太子妃の最有力候補となり、その一挙手一投足のすべてが注目の的になります。

同級生ながら、実質はバーバラ様の侍女である私の振る舞いがガレリア侯爵家の家門貴族と使用人全ての質と捉えられます。私は常にそのプライドを持ってお仕えしていました。


そんな折、入学早々のバーバラ様とのお茶会で初めてお目にかかった王太子殿下が、よりによって私にお目を留めてしまったのです。

いくらお気に召されたからと言って、婚約者候補でありお仕えする主であるバーバラ様を押しのけて私が王太子殿下のお傍に侍るなどあり得ない暴挙ですし、とても許されることではありません。

その後の週に一度のバーバラ様とのお茶会の席では、バーバラ様をほとんど無視して私に構い続ける王太子殿下を無下にも出来ず、かといってお相手をするわけにもいきません。

私に対する露骨なアプローチをやんわりと諫めるバーバラ様に王太子殿下は苦言を呈し、ひどい言葉を投げかけるようにもなりました。これ以上バーバラ様を矢面に立たせるわけにはいきません。


しかも、他の王太子妃候補のご令嬢方から主人を蹴落として王太子殿下に媚を売るあばずれなどと囁かれ、嫌がらせも受けるようになりました。私自身は何を言われても構いませんが、このままではガレリア侯爵家とバーバラ様の醜聞になりかねません。

大きな噂になる前に学園を辞めて領地に帰ろうと決心し、事の次第を手紙にしたためて父であるフォルン伯爵へと送りました。


(お守りするべき立場の私が、逆にバーバラ様を矢面に立たせてしまいご迷惑をお掛けしています。

 ガレリア侯爵家一門の恥となる前に、一刻も早くお傍を辞するのが私にできる最善の行動だと愚考いたします)


そう結んだ手紙に来た返事はガレリア侯爵様直々のもので、その内容に私は驚愕しました。


(シェリルへ命ずる

 王太子殿下の寵愛を受けよ)


手紙を読み、血の気が引いていく私の頬をバーバラ様がそっと両手で包み込みました。


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