第18話 ep2 下ノ街の探偵
第18話 下ノ街の探偵
エンリシャス天府。
白亜の建物が並び立ち、街全体が光に包まれたような美しさを誇る都市だ。だがそれはあくまで山の高みにおける景色であり、下へ降りれば降りるほど、その輝きは薄れていく。
標高が高いほど裕福。
標高が低いほど、貧困と治安の悪化。
それは、誰が見ても一目でわかる「階級の地図」そのものだった。
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ダンジョン報告書を魔英派ギルド本部に提出するため、街を縦に登りながら歩いた。途中で視界に映るものが、段階的に変化していくのがわかる。
最下層に近いあたりは、汚泥と悪臭が満ち、腐敗した木造の家々が連なる。子供たちは裸足で走り回り、だが笑顔はほとんどなく、鋭い目をしてこちらをにらむ。
中層に近づくと、多少はましな建物が増え、商人や小規模な市場が見え始める。行き交う人々は忙しそうだが、まだ「生活」という言葉に近い息遣いがあった。
そして上層。白い石灰岩で造られた荘厳な建物、煌びやかな料理の匂い。衛兵がきっちりと警備をし、道には花瓶や飾りが並ぶ。まるで別世界だ。
この都市は「山を上がる」ことそのものが階級を意味していた。
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正教会本部にも礼拝を済ませた。だが、そこで目立つようなことはなかった。表面上は清らかで、美しい。人々は祈りを捧げ、聖歌が響き渡っている。
だが、どこかで引っかかる。
下層で目にした人々の目、痩せた頬、そしてあの異様な沈黙。
俺は気づけば、低標高の区域にある超天派ギルドへ足を向けていた。
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「クエストの受付はねぇ、だいたいガキか、金に困った連中しか来ないんだよ。」
そう超天派ギルドの職員は笑いながら言った。
どうやら、この場所は冒険者というより、生きるために仕事を拾う者の駆け込み寺らしい。
気になって、俺はさらに低層――「下ノ街」と呼ばれる区域へと足を伸ばすことにした。
そこは衝撃的だった。
屋根の崩れた家。
通りに転がる動物の死骸。
小さな酒屋が一軒だけ営業しているが、店の前には酔いつぶれた男が転がっている。
俺が歩くと、住人たちは露骨な敵意を隠さず、突き刺すような視線を投げてきた。
「……」
気配が重い。ここは「街」と呼ぶにはあまりに荒んでいる。
そのとき、バタッ――と小さな衝撃が肩にぶつかった。
見下ろせば、痩せた少年だった。
「あ、大丈夫?」と声をかけたが、少年は何も言わず走り去っていった。
次の瞬間、俺の腰が妙に軽いことに気づく。
「……まさか」
財布がなくなっていた。
「おい」
低く渋い声が前方から響いた。
顔を上げると、黒い帽子をかぶり、コートを羽織った男が歩いてくる。
「アンタ、旅の人やろ?」
「……まあ、そうですね」
男はククッと笑い、片手を上げて見せた。
そこには――俺の財布があった。
「ほい」
放られた財布を受け取り、慌てて中身を確認する。幸い金は無事だった。
「さっきのガキな、スリやで。気ぃつけや」
「……ありがとうございます。取り返してくださって」
男は胸を張り、名乗った。
「俺はメッシュ。ベラ・メッシュや。一応、探偵やっとる」
「探偵……?」
「そや。まぁ、この街じゃ『スリ返し専門』って呼ばれとるけどな」
またクククと笑う。
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「アンタ、ここを散策したいんやろ?」
「……まあ、そうですね」
「ほな、ガイドぐらいつけんと命ないで?」
言葉は冗談めいているが、その目は真剣だった。
この街が本当に危険であることを、何よりも雄弁に物語っている。
「つまりキャッチか……。お前さんは」
俺は溜息をつきながらも、財布を返してくれた恩もあり、頷いた。
「いいだろう。ガイドをよろしく。俺はアダだ」
「まいど!」
ベラ・メッシュは大げさに帽子を取ってお辞儀をした。
その仕草は妙に芝居がかっていて、どこか胡散臭さもあった。
だが、直感的に思った。
――この男は、この街を知り尽くしている。
そして今、俺が求める答えの糸口を、握っているのかもしれない。
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