第16話 魔女編 霧に包まれた街の果て


16話 霧に包まれた街の果て


 炎に沈んだ夜から数日が過ぎ、街には再び霧が戻っていた。だが、その中に広がる光景は以前と違っていた。焦げ跡の残る家々、炭の匂いが消えぬ路地、そしてそれでも笑い合いながら瓦礫を運び出す人々の姿。


 俺はその中に混じり、復興作業を手伝っていた。石を積み、木材を運び、時には魔法で小さな補強をする。冒険者という肩書きは、この街ではあまり意味を持たない。ただ一人の働き手として、汗を流すだけだった。


「アダさん、助かります!」

「よし、ここを持ち上げますよ!」


 住民に声をかけられ、自然と笑みがこぼれる。最初にここへ来た時は、正直言って恐怖と不気味さしか感じなかった。魔女が住むと噂され、誰も近づこうとしない土地。だが――燃え盛る炎を前にしても決して諦めず、互いを助け合う彼らの姿を見て、心から思う。


 ――ここは、いい街だ。




 復興の日々は早く過ぎていった。気が付けば、滞在から一週間が経っていた。


 夕暮れの広場に立つと、カイルがやってきて声をかけてきた。

「おーい、アダ。まだ石なんて運んでるのか?」


「……ああ、最後にやっておきたいことがあるんだ。」

「最後に?」


 俺は地面に膝をつき、静かに契約の印を描き始めた。円形の魔法陣が光を帯び、淡く霧を照らす。


「これは……?」カイルが目を細める。

「結界だよ。天の加護が、この街に常にともり続けるようにする。」


 俺が手を離すと、光は一瞬強く瞬き、やがて大地に吸い込まれた。霧の奥からは鐘のような音が微かに響き、空気が清浄になったように感じられる。


「へぇ……やるじゃねぇか。」

 カイルは腕を組んで笑った。

「最初に来た時は“魔女の街”なんて言われて身構えてたけどな。……悪くねぇ場所だな、ここは。」


 俺は頷いた。偏見と恐怖の目で見ていた自分を恥じながらも、この街の人々に触れ、心から思えるようになった。ここは確かに、人の温もりがある街だと。




 リゼリアはしばらくこの街に留まるという。


「私は、祖母が残した家を守らなきゃ。……それに、みんなの力になりたいし。」

 彼女は笑顔でそう言った。かつて「怨念の魔女」と恐れられた家が、今では避難所や集会所として使われ始めている。皮肉にも、炎が人々の心を一つにしたのだ。


 俺は深く頭を下げた。

「ありがとう、リゼリア。君のおかげで、多くの人が救われた。」

「そんなことないわ。アダさんやカイルさんがいてくれたから……」

 彼女は少し顔を赤くして言葉を濁した。


 別れの時は静かだった。霧に包まれる街を背に、俺とカイルは歩き出す。




 街の外れまで来た時、ちょうどジェースが馬車で戻ってきた。

「おっ! あんたがアダだな! いやぁ休暇は楽しかったよ、ありがとうな!」


 彼の明るさは、いつものフィリスト支部の雰囲気そのままだった。俺は肩をすくめる。

「これからまた、よろしく頼むよ。」

「任せとけって! ……にしても街、なんだか雰囲気が変わったな?」


 そう言いながら去っていくジェースの姿を見送り、俺とカイルは王都への帰路についた。


 街を離れると、再び濃い霧が立ち込めた。振り返っても、もう街は見えない。まるで――最初から存在しなかったかのように。




 王都に戻ると、喧騒と活気が迎えてくれた。行き交う馬車、人々の声、商人たちの呼び声。あまりの違いに、俺は一瞬足を止めた。


 カイルは肩を叩き、笑う。

「おい、ボサっとすんなよ。俺は酒場に行ってくるぜ!」

「……またか。」

 軽口を交わし、俺たちは自然と別れた。彼はいつものように、街に溶け込んでいく。


 俺もまた、仕事に戻る。送迎の依頼は山のようにある。だが今回だけは、どうしても見過ごせないことがあった。




 夜。ギルドの自室で机に向かい、俺はマルセロの言葉を思い返す。


『悪魔の力を借りはしましたが! その悪魔は殺し、この力は正義のために使うのです!』


 あれは、狂人の戯言だったのだろうか? ただ信仰に取り憑かれ、正義を言い訳に暴れただけの男。そう思いたい。


 だが――もし。

 もしあれが本当だとしたら?


 正教会が、悪魔と繋がっている。

 人々に最も信じられ、最も清浄とされる存在が、裏で悪魔と契約しているのだとしたら――。


 背筋が冷たくなる。王国そのものを揺るがす事態だ。


「……いや、考えすぎだ。証拠もない。」

 頭を振る。だが胸の奥には棘のような疑念が残り続けた。


 窓の外を見やる。月が雲に隠れ、王都の灯りだけが夜を照らしていた。


「……俺は送迎屋だ。余計なことに首を突っ込むべきじゃない。」


 そう言い聞かせる。だが、マルセロの狂気の笑みと、女神の冷徹な声が、耳から離れなかった。


 俺は深く息を吐き、机に置かれた新しい依頼書に手を伸ばした。

 霧に消えた街を思い浮かべながら――また、送迎の仕事へ戻るのだった。

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