第15話 ep5 炎に沈む夜


15話 炎に沈む夜


 轟音と共に、リゼリアの家を炎が包んだ。

 木材が爆ぜる音、煙が喉を焼く感覚、夜を照らす紅蓮の光。


「水魔法――滝水魂ウォーターナガラー!!」


 カイルが叫ぶと同時に、掌から奔流が解き放たれ、火を削り取るように呑み込んだ。炎が一瞬だけ弱まる。しかし、家はまだ完全に燃え盛っている。熱気が頬を刺し、呼吸さえ苦しい。


 俺とリゼリアは咳き込みながら外へ飛び出した。燃え広がった炎は家だけではない。街全体が、赤黒い光に呑み込まれていた。


「な、なんだ……これは……」

「街が……燃えてる……!」


 リゼリアが絶叫する。その声をかき消すように、遠くから「助けてくれ!」「水だ!水を!」という住民の悲鳴がこだました。


 そんな中、獣道をよろめきながら登ってくる人影があった。


「スコッチさーん! 大丈夫ですか!」


 声を振り絞って現れたのは、街の治癒師エレファンドだった。腕や頬には火傷の跡が残っている。


「エレファンドさん! 怪我してる、治癒魔法――ヒール!」

 リゼリアが必死に詠唱すると、淡い光が彼の体を包み、傷口が閉じていった。


「ありがとう……。だが……時間がない……」

「一体何があったんだ!」

「牧師が……火を放ったんです。あの、乗客だったマルセロという男が……!」


「――ッ!」

 胸の奥が凍るような感覚。俺は叫んだ。

「俺が連れてきた……! 俺の責任だ!」


「アダ、落ち着け!」カイルが制した。

「責任を取るなら止めるしかねぇ。俺も行く。炎を抑えられるのは俺の水魔法だけだ!」


 俺たちは山道を駆け降りた。熱風が顔を打ち、視界を赤く染める。街は地獄のようだった。


 カイルは両腕を大きく広げ、詠唱を繰り返す。

「水魔法――滝水魂!! 水魔法――流水壁アクア・バリア!!」


 放たれた水流が炎を削ぎ落とし、燃え崩れかけた家々を守る。その合間にも住民の救助に走り、リゼリアとエレファンドは必死に治癒を施す。


 だが俺の胸には、確信があった。――マルセロを止めなければ、この火は収まらない。


 俺は天を仰ぎ、胸の奥に刻まれた契約を呼び覚ます。


「天界の神よ、我、契約者の元へ降臨せし。この地を悪魔からお救いください――」


 空が震えた。

 黒煙を割り裂き、蒼白な光が地上に降り注ぐ。


「――天転契約! 天扉無限解放アンリミテッド・ゲート!! 【召喚式】!」


 眩い柱が夜空を貫き、やがて一人の女性が舞い降りた。

 透き通るような白い衣をまとい、金の髪を背に流し、瞳は澄んだ青。慈悲と威厳を併せ持つ存在――天の女神アリティウス。


 住民たちが呆然と跪き、すすり泣きの声があがる。


「……アリティウス様……!」

「女神……だ……」


 アリティウスは街を覆う火を見渡し、その瞳から涙を流した。

 しかし、その涙はただの雫ではない。地を震わせるほどの奔流となり、炎を飲み込み、瞬く間に街を濡らしていく。


「なんという……」

 誰もが声を失う中、一人だけ、狂気に満ちた笑みを浮かべて立っていた。


「女神様! 私は正教会の使者、マルセロ! この土地に巣食う悪魔を祓うために来たのです!」


 ボロ布のような聖衣に、炎の刻印が浮かび上がる。彼の腕には黒い炎がまとわりついていた。


「確かに悪魔の力を借りはしました! だが! 私はその悪魔を殺し、この力を正義のために使うのです!」


 アリティウスの瞳が冷たく細められる。

「歪んだ正義に、天は微笑まぬ。」


 俺も叫んだ。

「マルセロ! それは正義なんかじゃない! ただの復讐と憎悪だ!」


「黙れええ!! 私は選ばれた! 神に代わり、悪魔を裁く者だ!!」


 彼は炎の槍を生み出し、こちらに投げ放った。だが、アリティウスが片手を掲げると、その槍は光の粒に分解され、跡形もなく消えた。


 女神の声は静かで、しかし雷鳴のように重かった。

「そんなに火が好きならば――火の世界へと送ってやろう。」


 マルセロの足元が裂け、そこから炎に満ちた深淵が覗いた。

「や、やめろ! 私は正義だ! 正義なんだあああ!」


 絶叫は炎に飲まれ、彼の姿は地獄の業火に沈んでいった。


 再び天の扉が開き、アリティウスは振り返り、微笑んだ。

「契約者よ。汝の心に、まだ迷いはある。だがその迷いこそが人の証。……また会おう。」


 光の羽が舞い、女神は天へと帰っていった。


 ――静寂。


 残るのは雨に濡れた街。黒煙は霧に変わり、夜明けが訪れる。

 街全体が無事だったわけではない。焼け落ちた家もある。だが、不思議なことに、死者は一人もいなかった。カイルとリゼリア、そして住民たちの必死の奮闘のおかげだった。


 俺は地に額をつけ、土下座した。

「大変……申し訳ございません! 俺があの男をここに連れてきたせいで……!」


 震える声に、静かな声が返る。

「あなたが謝ることはない。」


 振り返ると、村長が立っていた。老いた目に深い皺を刻みながらも、凛とした立ち姿だった。


「あなたは送迎をこなしただけ。責められるべきは、あの狂った牧師だ。」


「それに――」別の住民が言った。

「この町を救ってくれたのは、あなた方だ。」


 次々に感謝の声があがる。すすり泣きと共に、誰もが生きていることを喜び合った。


 空には再び霧が立ち込める。街は朝日と共に、平穏を取り戻しつつあった。

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