第14話 ep4 魔女の町


14話 魔女の町


 暖炉の火が静かに揺れていた。

 リゼリアの家――怨念小屋と呼ばれるその場所は、外観から想像できないほど穏やかで、どこか安らぎさえ覚えさせる空間だった。


 俺とカイルは椅子に腰を落ち着け、暖かな湯気の立つ茶を受け取る。

 少しの沈黙のあと、カイルが重い口を開いた。


「……なあ、リゼリア。聞かせてくれ」

「何を?」

「この家のことだ。お前は一体何者なんだ?」


 問いに、リゼリアは目を伏せる。

 薪のはぜる音が、まるで過去を暴き立てるかのように耳に響いた。


「十年前まで……確かに、ここには“怨念の魔女”が住んでいたの」

 彼女は静かに言葉を紡ぐ。

「でもね、その魔女はもう亡くなった。私はただ、この家を掃除しに、ときどき訪れてるだけ」


 俺は思わず身を乗り出した。

「じゃあ……君は、その魔女の孫娘かい?」


 リゼリアは小さくうなずいた。

「そう。私は魔女の末裔。……スコッチ家の娘」


 部屋の空気が重くなる。彼女の瞳には、ただの二十歳の娘には似つかわしくない、長い年月を背負った影が宿っていた。


「ここはね……」

 リゼリアは壁に飾られた古い肖像画を見つめながら語り始めた。


「かつて“闇魔法を使った”と濡れ衣を着せられた魔女が逃げ込み、身を潜めて暮らした場所。やがて同じように迫害された闇魔女たちが集まり、この森の奥に小さな町を築いた。人はそれを“魔女の町”と呼ぶようになったの」


 彼女は拳を握りしめた。

「特に、私の家――スコッチ家の始まりは、悲惨だった。曾祖母は生まれつき片腕がなかったの。なのに村の教会師が“悪魔の手を持っていたに違いない”と叫んで……証拠もなく、もう片腕を切り落としたのよ」


 俺もカイルも息を呑んだ。


「……酷すぎる」


「ええ。曾祖母はただの女性だったのに。無実の罪で追われ、森に逃げるしかなかった。……そしてその娘――つまり私の祖母、スコッチ・マカリアは、母の無念を晴らすために、本物の闇魔女の道を選んだの」


 炎の明かりが彼女の頬を赤く染める。声は震えてはいなかった。けれど、その裏に潜む悲しみは、言葉以上に伝わってきた。


「私は闇魔法なんて使えない。祖母に会ったのも数えるほど。でも……この家だけは守りたいの。だから時々、掃除に来ている。それが……私のせめてもの務め」


 静寂が落ちる。

 カイルが深いため息をついた。


「……そうか。辛い話をさせちまったな」


 俺も続けた。

「カイルさん、クエストはどうします? ……このことは、何も見なかったことにしませんか?」


 カイルはしばし目を閉じ、考え込む。

 やがて目を開き、苦々しく吐き出した。


「……ここの情報は、渡せねぇな。王都に報告すれば、また同じ悲劇が繰り返されるだろう。……まあ、朝になったら俺たちがここにいる意味はなくなっちまうがな」


 リゼリアは小さく笑った。

「ありがとう。……それだけで十分」


 そうして、その夜は彼女の家に泊めてもらうことになった。

 俺たちは暖炉のそばで横になり、久々に人心地ついた眠りへと落ちていった。



---


 夜半――。


 カーン、カーン……。

 遠くで不吉な鐘の音が鳴り響く。

 ぱち、ぱち……。薪の燃える音がやけに大きく感じられた。


 まどろみの中で、俺は異様な熱気に気づいた。

 目を開けると――。


「……なんだ……って、え? 火!? 火事だ!!」


 部屋の壁が赤く染まり、煙が充満していた。


「リゼリアさん! カイルさん!」

 俺は必死に二人を揺り起こし、玄関へと駆け出す。


 外に飛び出すと、幸い三人とも大きな怪我はなかった。だが目に飛び込んできた光景に、俺たちは言葉を失った。


「……嘘だろ」

 カイルが呟く。


 森の向こう――魔女たちの町が、炎に包まれていた。

 黒い煙が夜空を覆い、火の粉が雨のように舞い落ちる。人々の悲鳴、獣のような唸り声、建物の崩れ落ちる轟音。そこは、まるで地獄の釜が開いたかのようだった。


「街が……!」

 リゼリアの声は悲鳴に近かった。


 俺は呆然と炎の海を見つめる。

 あれほど静かだった森が、いまや業火の渦に飲み込まれている。何が起きたのか、誰が仕組んだのか――。


 答えはまだ見えない。

 けれど、この夜がただの偶然ではないことだけは、確かだった。


 

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