第11話 魔女編ep1 ―フィリスト地方行き―


第11話 魔女編 ―フィリスト地方行き―


 その地名を耳にした瞬間、多くの冒険者は息を呑む。

 ――フィリスト地方。


 王国の一部に編入されたのは、つい最近のことだ。だが実際には、王国の人間ですらそこを故郷と呼ぶのをためらう。誰もが口を閉ざし、避ける土地。理由は一つ、「魔女が住む土地」として古くから知られていたからだ。


 そこでは数え切れぬほどの失踪や狂死の記録が残っている。かろうじて生還した者も、正気を失って帰ることがほとんどで、口々に「声が聞こえた」「影が笑った」と、曖昧で説明にならない言葉を残す。結果、フィリスト支部行きの馬車に乗る者は月に一度、それも数人だけ。帰還率は五割を切り、半数は二度と人前に姿を現さない。


 アダはその行き先を聞かされたとき、特に驚きもしなかった。

「お前なら行けるだろう」――上からそう言われたのも当然だった。彼は遅れ零をこなし、信頼を得ている。


 馬車の車輪が石畳から土道へと変わると、空気が重たくなる。周囲の森は濃く、どこか湿り気を帯びた匂いが漂っていた。


「……まもなく、フィリスト地区に入ります。次の停留所が最後です」

 御者の声は硬く、まるで自分に言い聞かせているようだった。


 車内には三人の乗客がいた。


 一人目は、正教会の牧師。マルセロ

 年齢は四十を過ぎたあたりか、白い祭服を身にまとい、胸には聖印が輝いている。眉間の皺は深く、口元には常に祈りの言葉が残っている。彼の目的は「魔女の浄化」だという。だが、その瞳には恐怖が宿っていた。


 二人目は、白髪の冒険者。

 年齢は三十代後半ほど、背は高く筋肉質で、背中には巨大な剣を背負っている。口数は少ないが、時折窓の外をにらむ仕草が印象的だ。彼の名はカイル。Sランクには届かぬが、王国の北部で名を馳せた猛者だと耳にする。


 三人目は、長い黒髪の女。名をリゼリア

 歳はアダと同じくらい、二十前後に見える。漆黒のマントで全身を覆い、その下に何を隠しているか分からない。名乗りもせず、ただ窓の外を眺めていた。


 


「牧師さんよ、命知らずだな。魔女を浄化しに来るなんて」

 カイルが不意に口を開いた。声は低く、苛立ちを隠さない。


 牧師はしかし、怯まずに答える。

「悪しきものを放置すれば、この国に災いが広がります。魔女は許されざる存在。信仰に従えば、ここに来るのは当然の務めです」


 カイルは鼻で笑い、視線を窓に戻す。

「務めねぇ……務めで死ぬなら、馬鹿を見るだけだ」


 女は会話に加わらず、ただ静かに馬車の揺れに身を委ねていた。だがアダは気づいていた――彼女の口元がわずかに吊り上がっているのを。


 やがて、馬車は急に止まった。


「……つきました」

 


 扉を開けると、目の前には鬱蒼とした森の入り口が広がっていた。木々はねじれ、枝は人の腕のように伸び、霧が足元を覆っている。空はどんよりと曇り、まるで太陽そのものが拒絶しているようだった。

町は、200年も前のような古びた家が多く、

黒い印象だ。


アダ

「皆様、ここから戻るバスは1週間後になります。どうぞご安全に…」





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