第六話 幻影の三十連勝

週末の夜。

Stella Novaの三人は他事務所のストリーマーたちとの合同練習配信に参加していた。

種目は格闘ゲーム――「スカイレンジャー5」。

反応速度と読み合いが全てを決める、業界屈指の競技タイトルだ。


「今日の特別コーチは、現役プロの白峰選手です!」

明日香が明るく紹介すると、コメント欄が一斉に湧いた。


「白峰きたー!」

「ガチプロじゃんw」


透花は真剣な眼差しでマウスを握った。


一方その頃。

凛は休日をもてあましていた。

予定表を確認し忘れ、Stella Novaの配信が始まっていることにも気づいていない。


「……久しぶりにやってみるか」


気まぐれでPCを立ち上げる。

《Noir》のアカウントはもう消した。

今日はただのプレイヤー“Guest_56789”として、手慰みにランクマッチを回すだけ。


マウスのクリック音が心地よく響く。

一試合、また一試合。

気づけば、勝利の連鎖が止まらなかった。


画面の端に白い数字が浮かぶ。

【現在30連勝中】


凛は苦笑した。

「……体は、まだ覚えてるみたいね」


その瞬間、次の対戦がマッチングした。

画面に表示される相手の名前――

【対戦相手:白峰+StellaNovaチーム】

【相手チーム:配信中】

【対戦相手の戦績:Guest_56789(30連勝中)】


配信スタジオが一気にざわめいた。


「三十連勝!? なにそれ!?」

「しかも“Guest_56789”? 聞いたことない名前だけど……」

「いや、動き次第ではプロかも――」


チャットも騒然。


「誰だこの人!」

「連勝の壁きた!!」

「白峰さんが燃えるパターン!」


試合開始。


白峰のキャラが牽制を仕掛けた瞬間、凛は反応していた。

わずか三フレームの差。

ガードキャンセルから反撃、空中コンボへと繋ぐ。

体力ゲージが半分溶ける。


「な、なにこれ……読みが完璧すぎる……」

透花が呟く。


白峰が距離を取って態勢を立て直そうとした瞬間――

凛のキャラが既に動いていた。

フェイントの後、ディレイをかけた投げ抜け潰し。

観客席からどよめきが上がる。


実況者が叫ぶ。

「うそだろ!? 白峰選手が、完封寸前だ!!」


画面に「K.O.」の文字が弾けた。


【勝利数:31連勝】


凛は静かにマウスを離した。

息が上がっている。

久々の緊張と、勝負の興奮がまだ指先に残っていた。


「……休日に何やってるんだろ、私」


小さく笑い、モニターを閉じる。


配信スタジオ。

明日香が叫んだ。

「なにあれ!? 人間じゃないよ!」


天音:「……動きが綺麗すぎて、怖かった」

透花:「……あれが、“本物”か」


白峰は汗を拭いながら、苦笑いを浮かべた。

「……連勝の重みが違う。あの人、間違いなくトップの手だ」


控室に戻った三人は、興奮冷めやらぬまま話し続けた。


「ねぇ凛さん、配信見てました? あの三十連勝の人、やばかったですよ!」

明日香が笑顔で駆け寄る。


凛は、わずかに目を伏せた。

「……そう。すごかったのね」


「“Noir”を思い出した」

透花の小さな声に、凛の手が一瞬止まる。


「……?」

「昔の動画で見た動きに、少し似てたから」


凛は微笑み、首を横に振った。

「……偶然よ。そんな人、もういないわ」


彼女の瞳の奥で、ほんの一瞬だけ、光が揺れた。

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