第七話 追憶のコマンド
深夜の事務所。
すべての照明が落とされ、PCモニターの光だけが静かに部屋を照らしていた。
白雪透花はひとり、配信アーカイブを巻き戻していた。
画面の中で暴れ回る、あの謎の三十連勝プレイヤー。
キャラクターの動き、反応、指先のリズム。
どれも人間離れしていた。
「……やっぱり、ただの偶然じゃない」
透花はゲームの“対戦履歴”を開き、リプレイデータをダウンロードする。
このタイトルには、コマンド入力を一フレーム単位で再生できる機能がある。
モニターに、細かな数字と入力ログが並ぶ。
攻撃ボタン、方向キー、キャンセルのタイミング――
まるで精密機械のような正確さ。
「……化け物だ、これ」
透花は唇を噛み、何度も同じシーンを再生した。
そして、自分の手で再現しようとする。
左手でコマンドを入力、右手でキャンセル。
動きがずれる。攻撃がつながらない。
「……くっ」
何度やっても同じ結果。
たった一瞬の入力ズレが、コンボ全体を崩壊させる。
その時。
背後から静かな声がした。
「まだ起きてたの?」
透花は肩をびくりと震わせ、振り向いた。
そこには、黒瀬凛が立っていた。
薄暗いモニターの光に照らされ、表情は読み取れない。
「……凛さん」
「こんな時間に何をしてるの」
「例の三十連勝プレイヤーのリプレイです。
どうしても気になって。
――あの動き、人間にできると思いますか?」
凛はモニターに視線を落とす。
入力ログをひと目見ただけで、そのすべてを理解してしまう。
「……コマンド入力の間隔、ほぼ均一ね。
ジャンプキャンセルを前入力で仕込んでる。
あとはフェイントのタイミングを、相手のリズムに合わせてずらしてる」
「……えっ? そんなの、どうやってわかるんですか?」
凛はわずかに微笑んだ。
「コマンドは嘘をつかない。
見る人が見れば、誰がやったかも分かる」
透花は息を呑んだ。
「……誰が、やったか?」
その問いに、凛は何も答えなかった。
ただモニターの電源を落とし、柔らかく言った。
「――もう、休みなさい。練習は明日でもできる」
凛が部屋を出ていく。
扉が静かに閉まる音のあと、
透花は画面の暗闇を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……まるで、あの人の動き……《Noir》の……」
外では、夜明け前の風が静かに窓を叩いていた。
凛の胸の奥では、封じ込めたはずの記憶が微かに揺れていた。
To Be Continued...
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