第5話 首輪

 男はナムーのなきがらと共に、あの村へと戻った。


 せめて、ナムーの最後の願いを叶えてやりたいと思ったからだ。しかし副村長はナムーの亡骸を見て、首を横に振ったのだった。


「大変痛ましいこととは思うが、その子を村長との連れ添いにすることはできん」


「なぜだ! 奴隷だからとでも言いたいのか!」


「火葬の連れ添いは、生者でないと意味がないからだ。むしろその子は火葬される側だろう。もしそうするのであれば、老いた者が必要だがな」


「じゃあ誰か出してくれ。金ならなんとか、この金貨二枚で……」


「待て、前に話したはずだぞ。この火葬は今は少しずつすたれていて、位の高い者でしかやっていないと」


「なんだ、ナムーの位が低いと言いたいのか? やはり人間ではなく、奴隷だと言いたいのか……?」


「誰もそうは言っておらん、少し落ち着いて人の話を……」


「悪魔か貴様らあっ! ならお前が、お前がナムーの連れ添いになれえええっ!」


「なっ、何をするっ! おい、誰か来てくれえええっ!」


 男は短剣を片手に村を暴れた。むやみやたらに刃を振り回し、数人に軽い怪我を負わせた。


 しかしすぐに村人たちが総出で男を取り押さえて拘束し、警備兵に通報した。二日後には駐屯地から兵がやって来て、男を王都へと連行した。


 その際、ナムーの亡骸も回収された。ナムーは奴隷のため墓は造られず、王国の決まりで海へと捨てられた。せめて人間と同じく火葬にしてくれという男の願いは聞き入られなかった。


 男は裁きの場に立たされ、審判が下された。その罪状を裁判長が読み上げた。


「この者、五等村のエトス村で刃物を振り回し、五人に軽い切り傷を負わせた。そして本来は王宮の許可が必要な十五歳以下の奴隷の取り扱いについて、その手続きをおこたったまま奴隷売買を行おうとした。なおかつ、一体の奴隷を殺害した。しかしこれは奴隷が反抗し、殺意を持ってこの者の首をめようとしていたことが傷跡からも証明されているため、この者の奴隷殺害は正当防衛であることを認める。以上の罪状をかんがみ、この者を十五万ギンの罰金刑と二十日間の労働刑に処す。労働内容についての詳細は追って言い渡す」


 結果、そもそもの屋敷荒らしの件については表沙汰にならなかった。


 また、あの盗品を横からかすめ取った盗賊団四名が捕まったこともよかった。屋敷のあるじは彼らが犯人だと証言し、彼らは今までの罪状と併せて死刑が確定した。砂漠で死んでいた奴隷商二人についても、関与の可能性があるとして調べが続いている。もし関与していれば、拷問刑まで追加される。


「あなた、お疲れ様……」


 男は家に戻り、妻に抱きしめられた。妻は涙を流して言った。


「これを機に、もう危ない奴隷商なんてやめてちょうだい。稼ぎが減ったってどうにかなるわよ。子どもたちだってすぐに大きくなって、私たちの手を離れて自立するわ」


「あぁ、そうだな……」


「十五万ぐらい、私が稼いできてあげるわ。がさ作りとかラクダのお世話とか頑張れば、きっとすぐよ」


 その日の夜は、男を励ますためにちょっとした宴が開かれた。


 牛肉のワイン煮込みや揚げ野菜など妻の手料理を食べながら、子どもたちとの会話を楽しむ。だが男は五歳の息子の顔を見れなくなっていた。


「お父さん、どうかしたの? 顔色悪いよ」


「いや、少し飲みすぎたかな。ちょっと夜風に当たってくるよ」


 男はのきさきに出る。


 するとそこに、一人のせこけた少年が立っていた。


 首輪をしていたため、奴隷だった。


 「……ナムーか?」


 男が呼びかけると、少年はにこりと微笑んだ。


 そしてたっと走り寄り、男の胸にナイフを突き立てた。少年は言った。


『ぼくはナムーじゃない、4号だ』


「そうか、なら俺は1号に……」


 言いかけた時、銃声と共に飛沫しぶきが上がり、少年の頭が割れた。


 すぐに警備兵が現れ、槍で少年の胸を突き刺し倒す。もう一人の兵が男に駆け寄った。


「大丈夫か⁉ 待ってろ、すぐに病院に運んで手当てするぞ。おい、そいつはもういい! こっちに手を貸せ!」


「こいつ、奴隷の分際でっ! このっ! このっ! このっ!」


 すでに動かなくなった少年を兵が殴りつけている。その光景を見た男は、目から大粒の涙をこぼして叫んでいた。


「やめてくれっ! 彼はなんだ、やめてくれえええっ!」


「落ち着け、あれは奴隷だ。首輪をしてるだろ」


 兵が吐き捨てるように言う。少年はおびただしい血を流しながらもう死んでいた。


 男は迅速な止血処置を受け、兵二人と通行人二人にかつがれて病院へと運ばれる。


 その際、もう一度少年を振り返った。いつかの副村長の問いが聞こえていた。


『───あなたの中で、あの首輪を付ける者とそうでない者の線引きは、どこにあるのだろうか』


 何も答えられず、男は泣くだけだった。


 血で赤く濡れたその鉄製の首輪は、月の光を受けて銀に光っていた。

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砂漠と首輪と鎖と血 浦松夕介 @uramatsu

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