第14話 盲信の理由
アルスが去った後、ライオネルは膝をついたまま立ち尽くしていた。彼の心は、怒り、悲しみ、そして何よりも、親友を傷つけてしまった後悔で締め付けられていた。
「ライオネル様。無事で何よりです」
聖神柱教会の使徒、エリザベスが彼のそばに歩み寄り、静かにそう言った。彼女の瞳には、心配と深い悲しみが宿っていた。
「なぜ、彼はあんなにも…」
ライオネルが絞り出した問いに、エリザベスは静かに、そしてゆっくりと話し始めた。
「アルス様は、幼い頃から、セシリア様のことが好きでした。あなたとセシリア様が親友として寄り添っている姿を、彼はいつも遠くから見ていたのです」
ライオネルの心臓が、強く脈打った。セシリアがアルスの想いに気づいていたのか、それは分からなかった。だが、アルスの怒りの根源が、セシリアへの一途な想いだったことを知り、ライオネルは胸が締め付けられた。
「アルス様は、セシリア様を守るために、強くなろうとしました。しかし、彼は特別な力を持っていなかった。あなたのように、雷を操ることもできず、ただ無力に…」
エリザベスの言葉に、ライオネルはアルスの苦しみを想像した。自分は雷を操る力を持っていた。しかし、アルスには何もなかった。そのことが、彼の心をどれだけ苦しめていたのだろう。
「アルス様はあの時、あなたと同じ場所にいたそうです。しかし、無力な自分には、何もできなかったと…」
エリザベスの言葉に、ライオネルは衝撃を受けた。アルスが、セシリアの死の瞬間に、自分と同じ場所にいたというのか。
「彼は、セシリア様を守れなかったことを、何よりも後悔していました。そんな彼に、神は手を差し伸べたのです」
「…神が、アルスの弱さにつけ込んだのか」
ヴァルカンの声が、ライオネルの脳内に響く。
「神は、アルス様にこう告げたそうです。『お前が最も望むものを与えよう。お前が愛する者を守る力を』と。アルス様は、その言葉を信じ、自らの全てを神に捧げました。そして、神は彼に、勇者としての力を与えたのです」
エリザベスは、悲しみを込めて続けた。
「彼にとって、神は救いの手だったのです。神を信じ、その意向に従うことこそが、セシリア様を守るための唯一の道だと信じ込んでしまったのです。だから、神を疑うことは、彼にとって、セシリア様を守るという目的を裏切ることになる。彼は、神の欺瞞に気づくことができないのです」
ライオネルは、アルスの心に深く根ざした盲信の理由を理解した。彼が神に盲従するのは、セシリアを守るという、純粋で、しかしあまりに悲しい願いのためだった。
ライオネルは、アルスの心に深く根ざした盲信の理由を理解した。彼が神に盲従するのは、セシリアを守るという、純粋で、しかしあまりに悲しい願いのためだった。
ライオネルの心は、怒り、悲しみ、そして何よりも、親友を傷つけてしまった後悔で締め付けられていた。彼は、アルスを救うにはどうすればいいのか分からなかった。
そしてひとつの疑念が浮かぶ。
「なぜ、俺にこんな話をするんだ?」
ライオネルが絞り出した問いに、エリザベスは静かに答えた。彼女はゆっくりとフードを外した。現れたのは、セシリアと瓜二つの顔だった。
「私の名はエリザベス。そして、セシリアは…私の姉でした」
ライオネルは、その言葉に息をのんだ。セシリアの妹。彼がかつて、遠くから見かけたことのある少女が、今、目の前に立っている。
「姉は、神が作ったこの世界の真実を知ってしまいました。神は、世界を完璧なものにするために、不都合な存在をすべて消し去ってきたのです。姉は、それに異を唱えました。だから…」
エリザベスの声が震える。ライオネルは、セシリアの最期の言葉を思い出した。「神は、すべてを知っている……」。その言葉は、真実を知ってしまった者の絶望だったのだ。
「姉を殺した神を憎み、復讐を誓った私は、聖神柱教会に身を置きました。神の真実を知るため、そして、神に利用される哀れな人間たちを救うために」
エリザベスは、悲しみを込めて続けた。
「あなたとアルス様は、神に利用された哀れな人々です。私は、あなたたちを救い、姉が守ろうとした、この世界を変えたいのです」
ライオネルは、エリザベスの言葉に、かすかな希望を見出した。彼は一人ではなかった。同じ悲しみと怒りを抱える仲間がいたのだ。
「アルスを救うには、どうすればいい?」
ライオネルの問いに、エリザベスは静かに答えた。
「アルス様が信じている神の言葉を、覆さなければなりません。そして、彼が最も望んだ力、すなわちセシリア様を守る力は神がアルス様を操るために与えた力だということを示さねばなりません」
「分かった。俺は、アルスを救ってみせる」
ライオネルは、拳を強く握りしめた。彼の心は、かつての復讐心だけでなく、親友を救うという、新たな使命感で満たされていた。
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