第8話 皇帝の婚約者(テオバルド視点)

 幼い頃から、自分の周りから人が消えていき、それはいつしか当たり前になってしまった。

 それがテオバルド・フェリシダッドの半生だった。


 ずっと共にいるのは、ライネリオ・ドラードくらいで、その彼だって、被害にあったのは一度や二度のことではないだろう。彼が詳しいことを話したがらないので、テオバルトも詳しいことは調べなかった。

 知れば、距離を置かれることを察していたのだろうし、事実距離を置くつもりだった。


 フェリシダット帝国で一番危険な場所は私のそばであった場合が間違いなくあったし、貴族派の力がそがれたとはいえ、まだ安心はできない。それはこの身で実感している。


 テオバルドが即位して、間を空けることなく婚約者と世継ぎの話はあがった。

 他にやるべきことはあると思ったが、それはそれとして、直系の皇族がテオバルトしかいないことを不安に思う気持ちも理解できた。


 ならばと、皇帝派の信頼できる公爵家の令嬢を婚約者として選んだ。

 ただ、皇帝の婚約者という立場になれば、命を狙われる危険性がさらに高まる。

 自分のそばに置くからには、絶対に守り切らなければならなかった。


 不安と責任から、王宮の一室で人と会わせることなく暮らしてもらうことにした。


 どうしても不安が消えなかった。

 やっと国が落ち着きそうなのに、また誰かが消えるのかもしれないと。

 昔とは違って、簡単に人が消えることはないとわかっていても、まだ絶対とは言えないからと。


 目を離したら、少しでも外に出したら、すぐに命の危険にさらされるのではないかと、不安で不安で仕方がなかった。

 信頼できる家臣の娘を預かっているのだから、なおさらだ。


 自由を奪うことになっても、守ることが責任であったし、そうすることによって不安が少し和らいで、公務に集中することができた。


 その結果、婚約は破談となった。


 その後も改善しながらも婚約をするが、やはり上手くいかなかった。


 婚約が決まらない理由が噂になりつつある中、声をかけてきたのが、マルチェナ伯爵だった。


「婚約者にお困りでしたら、うちの娘はどうでしょう。うちの娘は少々問題はありますが、知識と胆力はあるので、皇帝陛下のお役に立てると思います」


 マルチェナ伯爵家は代々中立派を守ってきた貴族家だった。それは皇帝派と貴族派の対立が深まる以前からであり、下手な皇帝派の家よりも信頼がおける。


 また、マルチェナ伯爵家には引きこもり令嬢と呼ばれる一人娘がいることをうっすらと聞いたのとがあった。

 そのため、この婚約の提案は政治的な意味はあまりなく、マルチェナ伯爵が娘を心配しての意味合いが強いことを察することができた。


 こうして、マルチェナ伯爵令嬢との婚約はあっさりと決まった。



 *



 グラシア嬢が王宮に来て、二週間が経った頃に、ライネリオを通して、「円満な婚約を続けたいから、他に要望があったら教えてほしい」と話があった。


「……どういうことだ?」

「グラシア様はこの生活が気に入っているようです」

「そうなのか……」


 話があると言われたときは、てっきり生活の改善を要求されるのではないかと思っていたのだが、内容は正反対のものだった。


「離宮内である程度自由に生活できるようにしたのが良かったのか?」

「それがほとんど部屋から出ないそうです」


 離宮内である程度自由に生活できるようにしたのだが、それは快適さに関係ないらしい。


「……引きこもり令嬢、だったか」

「社交界に全く姿を見せないので、そう言われるようになったようですが、事実のようですね」

「マルチェナ伯爵の言った通りだったか」

「心配する気持ちもわかる気がします」


 この生活が苦にならないというのであれば、実家でも大きく変わらない生活をしていたのだろう。

 テオバルドとしても、好んで離宮から出ないという選択をとってくれる令嬢はありがたく、婚約は続けたいと思った。


「話を急に進め過ぎてしまったし、顔合わせをしておこう。すまないが、予定を空けてくれ」

「かしこまりました」


 こうして、少々強引に予定を空け、テオバルドは婚約者であるマルチェナ伯爵令嬢に会いに行った。


 引きこもりだと聞いていたので、色白く弱々しい令嬢を想像していたのだが、そんなことはなかった。

 普段からめかしこむことはないのは細かい仕草から伝わってきたし、社交界にも出てないので、話すときの緊張感も伝わってきた。

 ただ、青緑色の瞳からは、はっきりとした意思を感じられ、隙を見せたら心を覗かれそうであった。


 何がきっかけだったのか、理由ははっきりとはわからなかったが、緊張が解けてからは会話が弾んだ。

 本をよく読んでいるというだけあって、彼女は貴族令嬢とは違った聡明さを持ち、単純に話を聞くのが楽しかった。


 人と会話をするのが楽しいと感じたのはいつ以来だろうか。

 即位してからは、ライネリオとも事務的な会話ばかりだった気がする。


「……また、時間があるときにお話ができたら嬉しいです」


 彼女がどのような意図を持ってそう言ったのかはわからなかった。

 ただ、テオバルドにとって不都合は何もなく、楽しい時間であったため、「わかった」と返事をした。

 彼女も楽しいと感じていたなら嬉しいと思った。




 *



 マルチェナ伯爵令嬢のもとを訪れたのは翌日の夜であった。

 昨日の今日で訪れるのは迷惑かもしれないと思いつつも、昨日のテオバルドの様子を見て、ライネリオが「そろそろ休むことも覚えてください」と気をつかってくれた結果だった。


 マルチェナ伯爵令嬢の侍女が部屋まで案内してくれ、彼女の了承をとってドアを開けた。

 が、また物凄い勢いでドアを閉めた。


 その理由を、ドアの隙間からテオバルドは見てしまった。


「皇帝陛下。申し訳ございません。五分ほどお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「……ああ、かわまない。こちらも急に来てしまって、申し訳ない」


 寝巻きであろう薄着で、ベットに寝そべりながら、本を読むマルチェナ伯爵令嬢の姿を見てしまったのだ。

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