第7話 グラシアの要望
「さて、グラシア嬢は何か望むものはないのか?」
話もひと段落したので、お開きだと思っていたら、この質問が飛んできた。
予想外も予想外だったので、え!?という声が漏れてしまう。
なんとか社交モードを維持しつつ、「失礼しました」と返すことになんとか成功する。
「そんなに驚くことか?」
「私のことを聞いていただけるとは思っていなかったので……」
身分は圧倒的にそちらが上なので、やろうと思えばどんな理不尽だって通せるはずで、わざわざ私にそんなことを聞く必要はないのだ。実際、二週間も放置されていたわけだ。
「無理を言って、不自由な生活をさせていることは、理解しているつもりだ。必ず叶えられるとは限らないが、あるなら言ってほしい」
思えば、婚約破棄を何度も許していたり、監禁の程度を緩和したりと、皇帝は誰かの意見を聞かない人でもなければ、自分の意見を頑なに曲げない人でもないことは、聞いた話だけでも想像することができる。
帝国の国政を改善するのだって、自分の考えは持ちつつも、誰かの意見を取り入れ、柔軟に対応することを求められるだろう。
見た目の怖さと令嬢を監禁して病ませたという話が先行して警戒してしまったが、そこまで恐れる必要はないのかもしれない。少なくとも、他人の意見を一蹴する人ではないはずだ。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」
そう思うと楽になって、話がしやすくなった。
「私は一日のほとんどを離宮の図書室の本を読んで過ごしているのですが、読みたい本がないときがあるのです。そういった本を手に入れたいのですが……」
欲を言えば、外に出て本を探しに行きたいのだが、それが許されるとは思えない。
だから、せめて取りよせてもらえませんかとお願いすることにした。
「わかった。あとで欲しい本をリストにして、ライネリオにでも渡してくれ。こちらで手配しておく」
「ありがとうございます!」
私が読みたい本に希少なものはないが、皇帝がすぐに承諾したのを見て、どこまでならお目にかかれるのか単純な興味がわいてしまった。機会があったら、何も知らない顔をして、試しにお願いしてみるのもありかもしれない。
「グラシア嬢は読書が好きなのか?」
「好きか嫌いかで言ったら好きです」
本を読み始めたきっかけが、社交界に出たくなく、家に引きこもっていたいと思い始めたことだった。ただ引きこもっているのも退屈だし、どんなものでも理由が欲しかったから、屋敷にあった大量の本を読むことにしたのだ。
読書は好きだし、苦痛でもないが、今でもどこか引きこもるための手段であることは間違いなく、胸を張って好きとは言い難かった。
「……他にもっと好きなものがあるのか?」
「いえ、そういうわけではなく。私の気持ちの問題なので、お気になさらないでください」
曖昧な言い方をしたことによって、気をつかわせてしまったみたいだ。おそらく、他に何かあれば、準備してくれようとしたのだろう。
ただ、読書以上にひとりで暇をつぶせるものなんで、それこそ小説を書くことくらいしかないし、それはもうやっている。
残念ながら、絵心はないので、絵が描けたらもっと引きこもりの幅が広がったのだろうなと常々思う。
「グラシア嬢は物語とよりも、そこにある哲学的な、専門書の方が好みか?」
テーブルに置いてある哲学書に視線を向けながら、皇帝は聞いてくる。
「いえ。物語の方が好きです。ただ、今は図書室の本を読破するのが目標なので、いろいろ読んでいるのです」
「内容は理解しているのか? かなり専門的な本もおいてあるだろう」
「ざっくりとなら。まずは全部読み切りたいと思っています。読み終わったら、理解を深めるために違う本を読むのもいいかもしれません」
「ざっくりとでも理解しているのなら、大したものだ。伯爵家の令嬢でここまでわかる者なんて、多くはあるまい」
褒められてしまったが、引きこもって本を読んでいるだけに過ぎないのだ。
離宮に来て三日くらいは物語を中心に好きそうなものを読んでいたのだが、次第にあの広い図書室の本を読破したいと言った願望の方が強くなり、端から読んでいくことにした。
実家にいるときから、多くのジャンルの本を読んでいたので、全く読めないということは今はまだない。
皇帝からの褒め言葉は、引きこもりの成果とすることにしよう。
その後も、婚約者のことを知るためだろうか、皇帝は本に関連する質問を投げかけてくれ、最初の緊張が嘘かのように会話が弾んだ。
皇帝からも切り上げる様子は見られず、ライネリオに「そろそろ……」と言われるまで、話は続いた。
「他に何かあるか?」
私のことをあまり知らない誰かと会話するのが久々で、楽しくなってしまったのだろう。
「……また、時間があるときにお話ができたら嬉しいです」
なんて、柄にもないことを言ってしまった。
私がその言葉を取り消そうとする前に皇帝は、
「わかった」
と、返事をして去ってしまった。心なしか、口角が少しだけ上がっている気もした。
拒否されなかったことにほっとしつつも、社交モードを定期的にやらねばいけないわけで、言わなければよかったかなと後悔しそうになった。
まあでも、そう頻繁に時間を取れるわけないかと思い直し、思いっきり腕を伸ばした。
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