第6話 婚約を長く続けたいんです!

「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます」


 私は、フェリシダッド帝国の皇帝陛下、テオバルド・フェリシダッドに改めてお礼を告げる。

 皇帝の意向で、離宮から出したくないのだから、そちらが来るしかないので、建前的なお礼だが、会話を切り出すにはありがたいものだった。


「私のわがままを聞いていただき、こうして場を設けていただいたこと、感謝しております。ですが、わざわざ時間をとらなくても、書面などで十分でしたのに」


 ライネリオの方に視線を向けながら、来なくてよかったよと暗に伝える。

 ライネリオは申し訳なさそうに笑いはするが、口は開かないので、皇帝が話すのだろうと察する。


 ということは、基本的に私と皇帝、ふたりだけで会話しろってことだ。尋常じゃない威圧感を持っている皇帝にあれやこれやと質問するのは気が引けるし、付け焼き刃の令嬢モードはいつ崩れるかわかったもんじゃない。

 助けてほしいし今すぐ逃げ出したいが、目の前に皇帝がいる以上どうすることもできない。

 覚悟を決めるしかない。


「気にすることはない。私も婚約者の顔を一度も見ていないことに気がついたしな」

「ありがとうございます」


 皇帝派の公爵家・侯爵家の歳の近い令嬢たちは会う機会はそれなりにあっただろうし、わざわざ改めて挨拶する時間を設けなくてもよかったのだろう。

 ただ、引きこもり令嬢で社交界に出ていない私は、皇帝に直接会ったことはなく、ならば皇帝も同じように私に会ったことがないだろう。もしかしたら、顔もわからなかったのではないか。


「さて、グラシア嬢。そなた、私に聞きたいことがあるのだったな」


 言ってみろと促すので、話出そうとするが、ここまでこちらに放り投げられるとは思ってなかったので、言葉に詰まる。

 おそらくライネリオからある程度は聞いてるだろうし、話のすれ違いにはならないだろう。だが、相手は皇帝陛下である。失礼がないような言葉選びをしなければならない。


 私はこの婚約を続けたいです!と直球に言ってもいいが、言葉足らずで誤解を生みそうな表現でもある。


「……陛下は結婚についてどのようにお考えですか?」

「皇帝の義務のひとつだと思っているが」


 こうして絞り出した言葉がこれだった。

 そう答えるとわかりきった質問だった。


 ここで落ち着けたらよかったのだが、余計に混乱してしまった私は、「婚約者についてはどうお考えですか」「理想の結婚とはどのようなものですか」と建前の決まり文句があることを質問してしまう。

 皇帝もすらすらと聞き覚えのある言葉を並べるので、余計に意味のない時間になってしまった。


「……他にはないのか?」


 何かを探っているようで探っていないような問いばかりして止まってしまった私を見て、皇帝は気をつかったのか、切り上げようとしているのか、意図はわからないが、声をかけてくれた。

 あまりにも淡々とした声色だったので、一瞬はびっくりしたが、私が思ってる以上に怖くもなければ、興味もないだとわかって、安心した。

 落ち着きを取り戻した私は皇帝の赤い瞳を見て、改めて話を始めることにする。


「申し訳ありません。少し取り乱していました」


 皇帝はうなずくだけで言葉を返さないので、一息置いて続ける。


「恐れながら、陛下。初対面で言うことではございませんが、私はこの婚約生活を続けていきたいと考えています」

「……ライネリオからある程度は聞いている」


 聞いているなら、さっきまでの質問を建前を取っ払って話してほしかったが、そんなことを言えるはずもなく、「ありがとうございます」とだけ言う。

 さっきのは私がパニックになって、切り出し方が悪かったのもあるので仕方がない。


「私は陛下個人にとって、良き婚約者でありたいと考えております。ですので、よろしければ、陛下が婚約者に個人的に望むことを教えていただけないでしょうか」


 最初からこう言っておけばよかったと心の中で後悔しつつ、にこにこと令嬢スマイルを浮かべている。そろそろ頬の筋肉の限界が近い。


「私が個人的に望むことか……」


 そう呟くだけ呟いて、皇帝は黙ってしまう。その様子を見るに、今考えているようだ。


 ――――もしかして、ないの!? 


 ライネリオには要望を一覧でもらえらばそれでいいと伝えたし、おそらく優秀なはそのように伝えてくれたはずだ。忙しいのにも関わらず、時間をさいてきてくれたことに意味があるのかと思ったが、そうではなさそうだ。

 ただ単純に要望が思いつかなかったから、とりあえず顔合わせだけでもしておこうと思っただけな可能性がうっすら浮かんできた。


 皇帝は相変わらず考え込んでいるので、ライネリオの方を見ると、彼は首を小さく縦に振った。

 私の想像は外れてはいないようだ。


 そういうことなら、私は答えの思いつかない質問を皇帝にしてしまったことになる。とんでもない。


「すまないが、特に思いつかない」


 それなりの時間悩んでいたが、結論は出なかったようだ。


 考えてみれば、婚約状態の令嬢を王宮に住まわせ、極力人と合わせないという決まり事は、かなり大きな要求だと考えられる。

 私があっという間に慣れてしまって、苦にも思わなかったが、改善されたとはいえこの生活が嫌な人だってきっといるはずだ。


「こちらこそ、無理を言ってしまい、申し訳ございません。私はこの生活を続けたいと考えているので、陛下の不興を買うようなことをしたくないのです」

「グラシア嬢の主張は理解した。あえて言うなら、必要以上の干渉を、特に仕事にはしてほしくないのだが……。まあ、マルチェナ伯爵なら大丈夫だろう」


 つまりは、皇帝の婚約者という立場を使って、政治に関わろうとするなといった話だ。それが狙いで婚約者の座を狙う家は多いだろうし、真っ当な釘差しだ。

 ただ、事なかれ主義の中立派である父は、あれこれ指示をしてこないだろうし、私だって政治に関わるなんてそんな面倒なことはしない。引きこもって本を読めるだけでいいのだ。


 あえて言うなら他にもいろいろあるのだろうが、皇帝の様子を見るに、貴族間の婚約での暗黙の了解的な部分が大きいのだろうし、立場上そうしたことが先に浮かんでしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「不都合なことがあれば、その都度伝えるようにしよう」


 婚約も急に破棄はしないという言質をとりたかったが、そんな迂闊なことを言う皇帝なわけもなく。

 何かあったら指摘してくれる約束だけでもできたのだから、まあよしとしよう。


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