第5話 皇帝とのご対面

「本日、皇帝陛下がこちらの離宮にいらっしゃるそうです」


 ライネリオと話してから数日後。

 いつも通りにお昼を回る少し前に起き、身支度を整えてくれるノエミに突然そんなことを告げられた。


「……なんて?」

「皇帝陛下がいらっしゃるそうですよ、お嬢様」

「……なんで?」


 私は「何をしてほしいのか、してほしくないのか」を聞きたかっただけなのに、どうして皇帝と会う流れになっているのだろうか。

 先日のライネリオとの話でも、会いたいとは言っていない。


「さあ? 私も今日いらっしゃるから準備をお願いしますとしか言われてないし」


 だから特に予定もないのに、髪の手入れがいつもより丁寧だったのかと納得した。


「いやいや、お忙しい皇帝陛下が今更私のために時間作ってくれるの、意味わからないって!」


 会う気があるなら、離宮に来てからすぐに会っていたはずだし、しばらく時間がとれないのであれば、この日までは時間がないと伝言があるはずだ。


「この間、ライネリオ様に変なこと言うからでは?」

「変なこと……?」

「心当たりないみたいな顔するのやめて」


 確かにライネリオと話の内容は、全体的に普通では話さないものだった。

 しかし、皇帝の興味を引くような変なことを話した記憶はない。


「……まあ、直接聞けるのは、変な齟齬が生まれなくていいか」


 会話の間に人を挟むと、そんなつもりはなくても意味が変わってしまうことがある。

 現在、私と皇帝の間にはそれぞれに信頼できるノエミとライネリオしかいないので、不便も不安もない。だが、皇帝が個人的なことと言い切っている婚約の方針について、本人に直接聞けるかもしれないのは、ありがたいことだ。


「お嬢様、くれぐれも失礼がないようにお願いしますね」

「は〜い」


 しっかりと釘を刺してくるノエミに、いつも通り気の抜けた返事を返した。



 * * *



 正午をまわり、そろそろ午後のお茶の時間にちょうどよい時間になる頃、私は応接間で一冊の本を読み終えた。

 本を机の上に置くと、髪を乱さないように気をつけながら、腕を伸ばして一息吐く。


「まだなの?」

「もう少しかかるそうです」


 お昼過ぎに来ると聞いていたのだが、急な案件が入ってしまい遅れるそうだ。

 皇帝の忙しさを改めて実感したが、だったら無理に時間を作らなくてもよかったというのが本音だ。訪問がなければ、私は今頃楽な服装と楽な格好で、本を読めていたはずなのに。


 まだ時間がかかるそうなので、追加で本を何冊か持ってきてもらい、またもくもくと読書に戻るのだった。



「……さま! お嬢様! グラシアお嬢様!!」


 ノエミに肩を叩かれながら、耳元で名前を呼ばれ、意識が現実に戻る。

 それなりの音量で名前を呼ばれていたので、思っている以上に名前を呼ばれていたのだろう。


「……どうしたの?」

「どうしたのではないですよ! 皇帝陛下がいらっしゃっています」

「……そんなに待たせてないよね?」

「待たせることが問題ですが……。今来たばかりなので大丈夫ですよ」


 読書に集中しすぎると、周りのことが見えなくなることがたびたび見えなくなるので、今回も不安だったが、長い間待たせることはなかったので安心した。ノエミが私の扱いに慣れていて、気づかせ方がわかっているのも大きいのだろう。


「通してよろしいですね?」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ほっとした私がなかなか次の指示を出さないので、ノエミが先回りをして聞いてくれる。


 入り口でノエミとライネリオの事務的な会話をした後に、ドアが大きく開かれると、皇帝陛下が入ってくる。

 立ち上がっている私の正面に皇帝は来ると、何も言わずに腰を掛けた。


 闇を連想させるかのような漆黒の黒髪に、血を思い出させるような赤く鋭い瞳を持っていて、本に出てくる悪役のようだった。顔も整っているので、なおさら綺麗と言うよりは怖いといった印象が先に来る。

 実際には帝国を救った英雄なのだが、貴族が恐れて今の治世が落ち着いているのも、この威圧感を持って、黙らせている部分はあるのだろう。

 巷では敬意と畏怖を持って、『断罪陛下』などと呼ばれていると聞くが、目の前にしてぴったりな呼び名だと納得してしまう。

 正義と力を持ってなす断罪は、多くの人が救われる一方で、とても残酷な行為も含まれているものだ。


 初めて皇帝陛下を、しかも間近で見たので、失礼だとはわかっていてもまじまじと見てしまう。顔は整っているが隈は目立つなとか、体つきも結構しっかりしてるなとか。

 そんな私を見かねて、ノエミが何も言わずに肩をそっと叩いてくる。


 話しかけられるのを待っていたのだが、この様子だと私から話を切り出すべきなのだろう。

 その場に跪き、頭を下げる。


「失礼いたしました。お初にお目にかかります、我らが皇帝陛下。私はマルチェナ伯爵家の娘、グラシアと申します」


 名を名乗って良いか尋ねるべきか迷ったが、仮にも婚約者という立場なので、そこまでするのはくどいかと思い直した。流石に名前くらいは知っているだろうし。


「そこまで丁寧にしなくてかまわない。グラシア嬢も座るといい」

「ありがとうございます、陛下」


 今の挨拶でも堅いと思われたので、判断は間違ってなかったようだ。


 皇帝は声もかなり低く、隠しきれてない威圧感があったので、そういう星の下に生まれたのだと改めて実感した。

 普通に生きていくのなら、誤解されそうなことも多く大変だろうが、皇帝といった支配者においては、助けになる場面も多々あるだろう。


 さて、そんな人相手にどうやって話を切り出すべきか、いい案が何も思いつかなかった。






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