第4話 皇帝の婚約事情

 私が話を聞きたいと言った次の日に、ライネリオは離宮を訪れてくれた。

 心なしか残念そうな顔をしているように見えたので、少し不安になる。


 やっぱり、皇帝の婚約者にはふさわしくなかった……?


 ふさわしいかふさわしくないかで言ったら、もちろんふさわしくはない。しかしこの引きこもり生活が気に入ってしまったので、手放すのはかなり辛い。

 私ができることがあるならば、できる範囲でやろうと心に誓いながら、ライネリオを応接間に案内する。


 応接間に着き、机を挟んで向かい合って座る。

 ノエミが紅茶を淹れ、私の後ろに控えると、ライネリオはさっそく話を切り出した。


「限界ですか?」

「え?」

「二週間、何事もなく過ごされていたと伺っていましたが、流石にこれ以上は無理そうですか?」


 私の想像とは違った方向に話が進められ、私はとまどいを隠せない。


「無理そうって、え? え!?」


 自分が思っている以上に驚いた顔をしていたのだろう。

 ライネリオもつられて目を大きく開いた。


 どうやらお互いに、想像してた話とは違ったようで、ぱちぱちとまばたきを多めに目を合わせる。


「……この部屋に閉じ込められて窮屈な生活が限界なので、私に相談したいわけではないのですか?」

「いやいや、そうではないです」


 話をすり合わせるために、ライネリオが質問をしてくれる。

 普段から交渉などをしているだけあって、切り替えも早い。私はまだ動揺を隠さず、ぱちぱちとまばたきをしている。


「むしろ、逆なのです」


 こほんとわざとらしく咳払いして、失いかけていた社交モードを引っ張り出す。


「私、この生活を気に入ってるのです。何の不満もなく、快適に過ごさせていただいています」


 にっこりと微笑む私を見て、ライネリオはわずかに眉をひそめる。


 おそらく、「何言ってるんだこいつ」と思っているのだろう。

 そりゃそうだ。皇帝が無理矢理部屋に閉じ込めて、令嬢たちを病ませてきた過去があるのに。それを快適だと言い切ってしまう令嬢を目の前にしたら、珍獣を見るような目にもなってしまうだろう。


「快適、ですか……? その、建前や嘘ではなく」

「ええ。料理は美味しいですし、仕事がないのでゆっくりと読書をすることができますし、寝心地が良く、すっきりとした気分で朝を迎えられています」


 こうやって丁寧な言葉で普段の生活を説明すると、なんだか穏やかで美しい生活を送っているように感じられる。言葉の力ってすごい。


 にこにこと笑う私を見て、ライネリオはますます眉をひそめる。


「それなら良かったのですが……。では、グラシア様の用件は何だったのでしょう?」


 これ以上は話が進まないと思ったのか、あれこれ言ってくることはなかった。


「単刀直入に聞くのですが、この生活にどんな意図があるのでしょう?」


 聞きたいことはたくさんあるが、何から聞けばいいのかわからず、大雑把なものになってしまう。


「快適な生活はさせていただいているんですが、何のために私が婚約者に選ばれ、離宮で暮らしているのか、具体的にわかっていないので、一度聞いておきたいと思いました」


 婚約・結婚については、普通に考えれば跡継ぎを産むためだ。

 現在、直系の皇族は皇帝しかおらず、跡継ぎ問題は重要な問題だ。

 だから、国を建て直している最中にも、家格の高い家から婚約者が選ばれていたのだろう。


 大事なのは、なぜ皇帝が婚約者を監禁するかだ。

 理由がわかれば、できる限りそれに当てはまる形で婚約者を続ければいい。そうすれば引きこもり婚約生活を安心して続けられる。


「グラシア様が選ばれたのは、が伯爵家に回ってきたからです」


 順番というのは、皇帝派の公爵・侯爵家の令嬢たちには断られたということだろう。

 現皇帝の血を引く子どもが、できれば早急にかつ多くほしいという、今の皇族事情からも、あまりにも歳の離れた令嬢たちには話はいかなかったと推測できる。でなければ、順番的に私なんかに話がまわってくるはずがない。


「マルチェナ伯爵からの推薦もありました」

「お父様からの?」

「はい。『うちの娘は少々問題はありますが、知識と胆力はあるので、皇帝陛下のお役に立てると思います』とおっしゃっていましたよ」


 あの父はそんなことを言っていたのか。

 婚約で苦戦してるところに、「胆力がある」なんて親が言い切ってしまっては、社交界に姿を見せない問題児だとしても、婚約の打診がくるわけだ。

 私の結婚を誰よりも望んでいた父なだけあって、やる気が十分すぎる。いい迷惑だ。

 人畜無害そうな笑顔を浮かべる父が思い浮かび、余計に腹が立った。


「それと、離宮で暮らしていただいているのは、皇帝陛下の方針ですとしか言いようがありません」

「もう少し具体的な方針をお聞かせ願えませんか」


 不安なのですと言いたげな表情をして、ライネリオを見つめる。

 不安なのですの前には(この快適な生活がいつ終わるのかと思うと)という但し書きがつく。


 ライネリオはそんな私を見て、純粋に不安がっている令嬢に勘違いしてくれたらしく、何か言おうとして、困った顔をした。

 言えることはあるのだろうが、言い方を考えなければ、不敬になってしまうからだろう。


「政治的な意図はなく、陛下の心に寄り添った形になります」


 これでもだいぶ改善された方なんですよとライネリオは続ける。


「最初は王宮の一室で、監視をつけ、人との接触も最低限で過ごすようにしていました。ただ、それでは問題があり、少しずつ改善していた結果、離宮での生活となっているのです」


 いくら離宮の外に出られないとは言え、生活環境は十二分に整えられていた。令嬢たちが病むほどひどい生活ではないと感じていたのだが、どうやら過去の反省を活かして、監禁も改善されたらしい。

 私の理想の生活は、過去の令嬢たちの過酷な生活の上にある。そのことがわかったので、心の中で顔もわからない令嬢たちに感謝を告げた。


「聞いていた話とは違うなとは思ったのですが、そういうことだったのですね」

「陛下も申し訳ないと思っておられるので、だんだんとゆるくなっているのです」

「でしたら、婚約者が王宮で暮らすということをやめてしまえばいいのでは?」


 それもそうだし、じゃあやめようと言われたら困る。

 しかし、皇帝陛下の個人的な方針と言い切っているので、それはないだろうと思い、踏み込んだ質問をすることにした。


「それはできないと思われます」

「なぜですか?」


 この先を言うかどうか、ライネリオはかなり迷っているようだった。今まで散々にごしてきたから、明言は避けたいのだろうというのは察しがつく。


 だからと言って、こちらも引きこもり生活がかかってるのだ。そうですかと引くわけにはいかない。

 そんな私の熱意が通じたのか、ライネリオは考えた末に口を開く。


「……これは私の個人的な考えであることを念頭に置いて聞いてほしいのですが」

「わかりました」

「過去の出来事から、警戒心が人よりとても強く、過保護になってしまうのだと思われます」


 なんともマイルドな言い方だ。

 やっていることに対してそれで済ませていいのかと思うが、あまり言い過ぎると不敬になってしまうので、仕方がないのかもしれない。仕方ないか……?


 ともあれ、皇帝な個人的な方針と言っていたので、ライネリオもあれこれ聞いているわけではないのだろう。

 ただ、長年そばにいるので、察せる部分が他人より多いはずで、だから濁した言い方になってしまう。


 それに、過去の出来事なんて言われてしまっては、安易に踏み込むこともできない。

 親しい人が死んでいたり傷ついたりしている過去なんて、誰も思い出したくはない。


「……そうですね。では、私が聞きたいことを直球に聞いてもよろしいでしょうか?」


 社交モードの遠回しな言い方では、聞きたいことは一生聞き出せないだろう。

 私があれこれ質問して何かを探っていると思われ、警戒されるのも不本意だ。


 ライネリオもそれは感じていたようで、「どくぞ」と言ってくれる。


「私はこの生活を気に入っています。だからこそ、突然『不都合が生じたので、婚約は今日で終わりです』とか言われるのは困るのです」


 はきはきと話し始めたので、ライネリオは少し気圧されているように見える。

 視界の端に映るノエミは、やれやれと呆れた顔をしている。


 そんな周りの様子は気にせずに、私は話を続ける。


「ですから、ある程度の要望を先に聞いておきたいのです。そうしたら、円満な婚約を続けられると思うのです。可能でしたら、皇帝陛下からの細かい要求を一覧にしてもらえませんか?」

「……わかりました。陛下にお伝えしておきますが、答えられない場合もありますので、そこはご了承ください」

「ありがとうございます!」


 私の要求が数分で通ったので、こんなことなら最初から直球に聞いておけばよかったと、冷めた紅茶を飲みながら思った。


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