第3話 快適かもしれない……?

 ライネリオからの簡単な説明が終わると、離宮内を案内されることになった。


 皇族が私生活を送る場所なだけあって、とても広く、内装はきらびやかであり、調度品なども一目で高級品とわかる物ばかりであった。


 ピアノやバイオリンなどが置いてある音楽室、友人などを招くための雰囲気が違う複数のサロン、小規模なパーティが開そうな大広間、ビリヤードやチェスなどが置いてある遊戯室などなど。

 多くの部屋があったが、どこも広いなぁすごいなぁと思うだけだった。


 唯一の例外が図書室だ。実家の伯爵家よりもはるかに多い蔵書があり、内容も小説から歴史書、花の図鑑まで多数取り揃えられていた。

 どの本を読もうかなと、王都に来て初めてわくわくした。


 一通り部屋の紹介が終わると、最後はこれから暮らすことになる私室に案内された。

 その私室は、想像以上に広く、洗面所や小さなキッチンなどもあり、この部屋だけで生活ができるようになっていた。


 なるほど、お金持ちが本気で監禁しようとするとこうなるのか。


 ライネリオが去ったことを確認して、ひとりでは広すぎるサイズのふかふかのベッドに、私は勢いよくダイブする。見た目以上にふかふかで、このまま眠ってしまいそうだ。


 皇帝の婚約者であること、離宮から出られないこと、行動するときは騎士を連れることなど、面倒くさい決まりごとに目をつむれば、そこまで窮屈な暮らしではないかもしれない。


「……もしかして、快適な監禁生活が始まる?」

「婚約者生活ですよ」


 ノエミが適切なツッコミを入れるが、そんなのは誤差の範囲だ。


 こうして、不安なんだか、快適なんだか、いまいち想像がつかない、離宮での暮らしが始まった。



 * * *



 皇帝の婚約者としての生活が始まるにあたって、何かが劇的に変わるのではないかと思ったが、変わったのは引きこもる場所だけだった。

 むしろ、『皇帝の婚約者で、皇帝の命令により私室に閉じこもっている』という免罪符ができたため、心置きなく引きこもっていられる。


 朝と昼の合間の時間に起き、遅めの朝食を取り、騎士に持ってきてもらった本を読み、少し遅めの昼食を取る。そして、読書を再開したり趣味の小説を書いたりし、おやつを食べ、健康が気になるので軽めのストレッチをし、夕食を食べる。風呂に入り寝る支度を整え、また飽きるまで読書をし、眠くなったら寝る。


 世の人々が聞いたら、卒倒しそうな生活を満喫していた。


 離宮に来て三日くらいは、流石に緊張と遠慮があったが、そもそも離宮で働いている人が少なく、ノエミも駆り出されるほどだったので、私が下手に動かない方がいいと悟った。

 目当ての図書室も部屋から遠く、多くの本を持って移動するのに気力がいるので、力がある騎士に任せることにした。部屋の近くで待機している騎士たちもいい運動になると言っていたし、さらに罪悪感が薄れた。


 こうして、一週間も経たないうちに部屋から出ない引きこもり生活を始め、二週間もすると、それが当たり前になった。自分でもびっくりするくらい慣れるのが早かった。


 今日も今日とて、ベッドに寝転がりながら、本を読んでいた。


「……うーん、でもちょっとおかしいよねぇ?」


 ふと集中力が切れたので、本を開きながら別の考えごとをしていた。


「何がですか?」


 ノエミが部屋の掃除をしながら、私のひとりごとに反応をしてくれる。

 だらしない格好をして、ベッドで本を読んでいる主人は、見慣れた光景であるため、何も言ってこない。


 栞をはさみ、本を閉じると、私はベッドに腰をかける。


「ここに来てから二週間経つよね?」

「経ちますね」

「皇帝陛下に一瞬も会えてないの、おかしくない?」


『皇帝陛下にいつでも会えるように』

 それは婚約者を王宮に閉じ込めておくための建前であることはわかっていた。皇帝の結婚は政治的な意味合いも少なからずあるので、顔合わせも公務として時間を取ることは不思議なことではない。それを承知の上で、こうして私は離宮で暮らしているのである。


 ただ、全く皇帝と会わないということは予想外だった。


「二週間も放置!? 婚約者として呼ばれたんだよね!?」


 毎日会いに来るとは思ってはいなかったが、一回くらいは自分の婚約者の顔を見に来るものだと思っていた。

 二週間の間、一度も様子を見に来ることはなく、ただ離宮での引きこもり生活になれるだけだった。


「会いたかったんですか?」

「いや、特別会いたいわけではないけど。社交モードで疲れるだろうし……」

「じゃあいいじゃない」

「その通りなんだけどさ!」


 二週間も会いに来ないばかりか、なんの言伝もないのは不安になる。


「どうしよう、監視されてたら……」

「監視というか、ゆるい監禁はされてる状態ですよ」

「そうじゃなくて!」


 そうじゃなくて!!!!

 私が感じる不安は別のところにあるのだ。


「婚約者にふさわしいか、こっそり監視されてたらどうしよう。こんなぐうたら引きこもり生活してるってバレてたら……!!!!」


 ふと、不安になってしまったのだ。

 この生活があまりにも快適すぎて、何か裏があるのではないかと。


 皇帝が何か意図があって、部屋に閉じ込めているとしたら。

 過去に婚約者を病ませたというのは嘘で、令嬢たちがお眼鏡にかなわなかっただけだとしたら。


「お嬢様はおしまいですねぇ」

「だよねえええ!???」


 おしまいな生活を送りすぎている。

 婚約者失格以前の話だ。


「でも、考えすぎだと思いますけど」


 どうしようと慌てている私を面白がりながら、ノエミは掃除する手を止める。


「そんなことわかってたら、そもそも伯爵さまがお話を持ち帰ることなく断ると思いますよ」

「お父様が知らなかったとしたら?」

「そうだとしても、お嬢様の生活態度を見たら、そうそうに追い出されていると思いますよ」

「……確かに」


 このひどい生活を見て、それでもまだ私をここに置いてくれているということは、婚約者選定の試験の可能性は低いかもしれない。


 なんだ杞憂かとほっとするものの、かと言って現状の快適すぎる暮らしに、何が裏があるのか?と考えてしまう。

 だっておかしいじゃないか。こんな好きなだけ引きこもっていていいよって言われて、なんの対価も要求されないのは!!


 それにこっちだって困るのだ。

 急に「ごめんだけど、こっちの都合が合わなくなったから、婚約はなかったことにしてもらえる?」なんて言われて、実家に帰されるのは!!


「なんにせよ、一度詳しい話をライネリオ様から聞きたい。この、快適な引きこもり生活を守るために!」

「……お嬢様らしくて逆に安心しました」


 呆れるように笑いながら、「言伝を頼んでおきますね」とノエミは言った。


 その後、残っていた掃除をあっという間に終わらせて、ノエミは部屋を出ていった。


 うーん、うちの侍女優秀すぎるな。



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