第2話 王宮につきました、が。

 婚約が決まってから数日後、私は王都の王宮に住むことになったため、必要最低限の荷物だけを持ち、馬車に揺られていた。


 貴族同士が婚約したからと言って、すぐに相手方の家に住むことはほとんどない。共に暮らし始めるのは結婚してからが一般的とされている。

 だが、皇帝は忙しく、顔合わせの時間が持てるかどうかわからないため、王宮に滞在し、時間ができたときに会えるようにしたいと言うのが、私が王宮に住む理由だった。


「そんなに忙しいなら、放っておいていいのにね」


 婚約や結婚が乗り気ではないのならば、何年も何十年も放置しててくれていいのに。

 私は皇帝の婚約者という免罪符を手に入れ、心置きなく実家で過ごせるし、皇帝も名ばかりの婚約者がいればうるさく結婚を迫られることもないだろう。

 お互いにメリットがあるはずだ。


「婚約をしたのに忙しいからといって放っておくのは、流石に外聞が悪すぎるでしょう」


 私の目の前に座っているふわふわとした茶色の長すぎない髪をひとつにまとめている侍女、ノエミ・サラサールがふっと笑いながら言う。


 どこで不届き者が混ざるかわからないため、連れて来てもよい侍女はひとりだけと言われ、選ばれたのがこのノエミである。

 ノエミは幼い頃からそばにいてくれて、最も信用している幼馴染みたいな関係だ。しかも、「グラシアの手綱を握ってくれている」と家族からの信頼も厚く、満場一致で選ばれた。


「いまさら気にする外聞なんて、私にも皇帝陛下にもないはずだけど」

「ひとくくりにするのは不敬ですよ」

「でも、優秀な令嬢たちを病ませているんでしょ?」

「でも、陛下は帝国を建て直したとても優秀な方だし、何もしてないお嬢様とは雲泥の差です」


 誰もいないところでは、私に遠慮なくものを言う。ただ、大体ノエミが正しいので、私はなにも言えずに終わることが多い。


「いいじゃない、玉の輿」

「私は玉の輿なんて望んでない!」


 むしろ逆で、どちらかと言えば平民になりたいのだ。皇帝との婚約なんて一切魅力を感じてない。


「まあ、一旦は覚悟を決めることですねぇ」

「監禁生活ってどんな感じなんだろうねぇ」


 全く想像できないこれからの生活に大きなため息を吐く。

 馬車の外は多くの人が行き交っていて、人々の生活の音が聞こえてくる。王都に着いたようだ。


 引きこもりの私が王都に来たのは片手の指で数え切れるくらいだ。前回来たときは、まだ前皇帝の治世だったので、下町で歩いてる人は少なく、どんよりとした空気感だったことをうっすらと覚えている。

 そのときの記憶と比べると、別物と思えるくらい活気に満ち溢れていて、現在の皇帝陛下の手腕と努力が見られた。


 とても優秀な方なんだから、私なんか選ばなくてもいいのに。

 そこでもう一度、私は大きなため息を吐いた。



 * * *



 王宮に到着すると、たくさんの使用人たちのお出迎えがあり、その壮大さに驚いた。


 ――――ということはなく。


 皇帝の側近である眼鏡をかけた銀髪の男性が、数人の使用人を連れて出迎えてくれただけだった。

 しかも、「挨拶は後ほど」と言われ、ろくな会話もなく、さっさと離宮の一室に案内された。


 使用人たちは別の部屋に荷物を運んでいるらしく、部屋には私とノエミと皇帝の側近だけしかいなかった。


「慌ただしくてすみません。皇帝陛下になるべく人目につかないように、と言われているもので」

「大丈夫です。なんとなく察してはいました」


 申し訳なさそうに言うので、令嬢スマイルで微笑み返す。久しぶりの社交モードである。

 ちゃんと上品にできるか不安だったが、昔頑張って勉強したのと、ここ数日の詰め込み復習でなんとかなっている。

 ありがとう、貴族令嬢として頑張っていこうと思っていた頃の私。


「改めまして。私はライネリオ・ドラードと申します。陛下の側近を務めており、連絡役でもあります。用件があれば私にお申し付けください」


 皇帝が唯一心を許していると言われている側近、ライネリオ・ドラードが、がちがちな自己紹介をしてくれる。


 ドラード家と言ったら、皇帝派筆頭公爵家であり、皇帝の力が戻っている今、皇帝に次いで権力を持っていると言っても過言ではない。ライネリオはそこの次男である。


 伯爵家の私にこんな丁寧な挨拶をしてくるとは思ってもいなかったので、驚きと緊張が襲ってくる。

 おそらく皇帝の婚約者という立場を尊重しているのだろうが、そんなもの私にはいらなかった。というか、やめてほしい。


「ご丁寧にありがとうございます。ご存知だとは思いますが、私はグラシア・マルチェナです。よろしくお願いいたします」


 貴族の人と話すのは久しぶりだし、目の前にいる人はこの国で権力を持つお方なので、若干声が震える。


「マルチェナ伯爵令嬢には」

「言葉を遮ってしまって申し訳ありませんが、グラシアで結構ですよ」


 親しい仲ではないので、マルチェナ伯爵令嬢と呼ぶのは正しいことなのだが、長すぎるし、慣れてなさすぎるので、どうもむずがゆい。

 それに、マルチェナ伯爵令嬢と言ったら、「引きこもり令嬢」という異名を嫌でも思い出してしまうので、個人的にやめてほしい。


「では、グラシア様と」

「そうしてください」


 様をつけなくてもいいのだが、一応私は皇帝の婚約者なので、そこは我慢する。


「グラシア様にはこの離宮で生活していただきます」


 この離宮は皇族が私生活を送る場所であるため、現在は誰も使っていない。

 皇帝は即位してから、寝る間を惜しんで改革を行なっていたため、離宮に帰ってくる暇がなく、それが日常化したらしい。皇帝の私室はあるものの、長らく使ってないのが現状のようだ。


「基本的には離宮から、できればこれから案内するグラシア様の私室からは出ないようにしてください」


 離宮から出る場合は皇帝の許可が必要で、部屋から出る場合は護衛騎士を連れることが必須だと言う。

 部屋からは出てもいいんだと思うのと同時に、ただ部屋から出て離宮を行き来するだけなのに騎士を連れないといけないのは面倒だなと思った。


「これは陛下の意向ももちろんあるのですが、それ以外の理由もありまして」

「他にも何か?」


 皇帝の婚約者を部屋に閉じ込めておくという趣味の問題だと思っていたが、そうでもないらしい。


「ここ何十年の皇族のはご存知ですか?」

「……理解しました」


 この離宮は皇族が私生活を送る場所であること。

 ここ何十年は貴族派が力を持っていて好き勝手やっていたこと。

 そして、皇族の暗殺だと思われる不審死が続いたこと。


 最低でもこの三つがわかっていれば、ライネリオが言おうとしていることが想像がつく。


 つまりは、暗殺するための仕掛けが残っているかもしれないと言いたいのだ。


「何度も念入りに調査をしたので、必要以上に警戒する必要はないですよ。ただ、万が一のために護衛は必ずつけてください」


 皇帝の婚約者を招き入れるために整えられた離宮だ。そのような仕掛けを残すようなヘマはしないだろう。

 しかし、それでも警戒するのもわかる。なにせ、相手は自分たちの私欲のために、皇族を亡き者にした猛者共だ。何か残っていて、ふとした拍子に引っかかるというのもありえない話ではない。


「わかりました。しかし、そこまで警戒するなら、この離宮でなくてもよかったのでは?」


 ひええと内心情けない声を出しながら、返事をする。

 この離宮じゃなくても、皇帝なら使える建物や部屋はそれなりにあるはずだろう。

 そもそも、婚約者をそばに置いておかなければいい話だ。家に帰してください。


「……ここが一番都合がよかったのです」


 ライネリオが苦笑いを見せたので、内容はわからないがいろいろな苦労があるんだなぁと思った。

 これ以上、聞く気にもならなかったので、


「わかりました」


 とだけ伝えた。

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