第1話 グラシア・マルチェナ伯爵令嬢

 私、グラシア・マルチェナは、マルチェナ伯爵家の一人娘である。

 上に兄がふたり、三つ下の弟がひとりいて、母は私が六歳の頃に亡くなっているので、メイドや教育係はいれど、家族は男だらけの中で育った。


 事なかれ主義の父、頭脳派で腹黒い長兄、武術に長けていて脳筋な次兄、なんでもそつなくこなす努力家の弟。そして、引きこもりの私。

 マルチェナ伯爵家は性格に共通点が見出しにくく、変わり者一家なのである。

 母の記憶はあまりないが、おそらくこの夫を選び、子どもたちを産んだ母もだいぶ変わった人だったのだろうと察することができる。


 社交界でマルチェナ伯爵家の令嬢というのは、『引きこもり令嬢』だの『幻の伯爵令嬢』だのと言われ、半分存在しない人物だと思われている。

 散々な言われようだが、事実なので仕方がない。

 病弱だからにぎやかな場にはなかなか出てこれないんだと好意的に解釈してくれる人もいるとは聞くが、残念なことにそっちが間違いだった。


 そう、私は社交界にほとんど出ていないのだ。ほとんどというか、デビュタントの一回だけ。

 デビュタントのときに、綺麗に着飾った大人たちが、その口から人を貶すような汚い言葉を吐いているのを見て、「私には無理だな」と思ってしまったのだ。貴族や令嬢というものに向いていないと自覚した瞬間だ。


 それ以来、何かと理由をつけて、お茶会やパーティを断り続けた。

 最初は父が少しうるさく言ってきたが、だんだんと何も言わなくなった。母を亡くしてから、一人娘である私には何かと甘かったので、こうなることは予想できた。


 せめて嫁に出そうと、父はお見合いの場を設けた。

 貴族に嫁入りするということは、貴族の妻の義務として社交界に出なくてはならないということ。そんなことは真っ平ごめんである。

 こちらもまた、相手が不快に思うような些細な行動をしてみたり、自分の引きこもり願望を思うがままに語ってみたりして、お見合い話は全て流れた。


 社交界に出ず、部屋に引きこもって本ばかり読み、趣味で小説を書き、たまに家の仕事の手伝いをする娘のことを心配する父親の気持ちはわからなくもない。


 ただ、どうしようもなく社交界に出て、相手の顔色を見ながら遠回しな言い方や嘘で塗り固められた話をしていくのが嫌なのだ。

 父やいずれ家を継ぐであろう兄の脛をかじって生きていきたい。

 それがだめなら家を出て、平民として暮らしていきたい。


 何度も何度もその意思を話していたし、お見合いもほとんどなくなっていたので、父はすっかり諦めたのかと思っていた。


「なんで伯爵家の娘が皇帝の婚約者に抜擢されるの?」


 父は諦めてなんかおらず、とびきり良い案件だけを探していたということが判明した。


「伯爵家から皇族に嫁いだ人は以前にもいるから大丈夫だよ」

「いやいや、それでも引きこもり令嬢と名高い私が候補に上がるのはおかしくない?」

「いやいや、可愛くて賢くて図太いグラシアが選ばれることは何も不思議なことはないぞ!」


 父よ、図太いっていう言葉は合ってるけどわざわざ言わなくていいと思う。


「……一応、婚約者に選ばれた経緯を聞いても?」


 はあああと大きなため息を吐く私を見て、苦笑いしながら、父は説明を始める。


「皇帝陛下が即位されてから五年経ったが、いまだに婚約者がいないことは知っているだろう? 即位してから国を建て直すために忙しくてしていたが、だからと言って婚約相手を探していないわけではなかったんだ」


 フェリシダッド帝国はここ何十年も国政がうまくいってはいなかった。

 原因ははっきりとしていて、私欲で動く貴族たちが力を持ちすぎたことで、皇帝派と貴族派と派閥が真っ二つ分かれてしまったからだ。


 それだけならまだ良かった。

 先々代の皇帝、現在の皇帝の父が暗殺され、先代の皇帝、現在の皇帝の兄が即位したことでさらに悪化した。

 先代の皇帝は言葉を選ばずにいうと無能で、貴族派の傀儡皇帝に成り下がってしまったのだ。

 そこからは貴族派のやりたい放題で、国民たちの生活はどんどん苦しくなっていった。


 それを見かねた現在の皇帝陛下、テオバルド・フェリシダッドが、兄王から皇帝の座を奪い取った。

 テオバルトは兄とは違いすこぶる有能で、好き勝手やっていた貴族派を断罪し、国民たちを救う政策を行なった。

 即位から五年しか経っていないのに、帝国は持ち直し、新たな発展が見込めるほどになった。


 そんな優秀な皇帝陛下の婚約者に、引きこもりである私が選ばれるのかというのが不思議で不思議で仕方がない。


「皇帝派の公爵家などの令嬢が候補に上がっていたし、実際に婚約者の期間があった令嬢もいる。ただ、全て上手くいかなかったんだ」

「婚約に上手くいかないなんてことあるの?」


 伯爵家より家格が高い令嬢たちは、それこそ皇族に嫁ぐために幼い頃から教育されているだろう。

 政略結婚だって、役割だと割り切っているはずだ。結婚するにあたって、愛がない場合があることを理解している。

 それに令嬢が嫌だと言っても、そう簡単に親が認めるはずないだろう。


 よっぽどのことがない限り、上手くいかないなんてことあるわけがないのだ。


「簡単に言うと令嬢たちが病んでしまったんだ」

「はあ?」

「皇帝陛下の気質が貴族として育てられてきた令嬢たちに合わなかったんだろうね」


 今まで候補に挙げられた令嬢たちがみんな病んでしまうって、皇帝はどんな趣味をしているんだか。

 本で読んだことのある特殊な性癖をあれこれ思い出してしまった。


「言えないことをやっているわけではないよ」


 よからぬことを想像していることが顔に出ていたようで、父はたしなめるように言った。

 皇帝に失礼のないように言葉を選んだ結果、さらに失礼なことを想像してしまう物言いになってしまったのだろう。


「基本的に部屋から出さなかったんだろう?」


 はっきり言わない父に代わって、長兄・サンスがさらりと言う。


「監禁ってことかぁ」


 そして次兄・バシリオがもっと言葉を選ばずに簡潔にまとめる。


「兄さんたちさぁ……」


 そんな兄たちを見て、弟エリアスが呆れる。これも我が家のよくある流れで、エリアスの苦労が耐えない。強く生きろ。


「え、監禁する人のところに嫁がせようとしてるの!? 心配とかないの!?」


 どの程度なのかはわからないが、部屋に閉じ込めて自由を奪って、監視されながら暮らすってことだ。

 理由はわからないが、数々の令嬢たちを病ませてきた実績のある、いくら皇帝という優良物件とは言え、嫁がせようとするものなのか。


 抗議する目を向けると、父は兄たちと目を合わせて、


「グラシアは強いからやっていけると思って」

「図太いグラシアならどこでもやっていけると思いますよ。兄は信じてます」

「なに、引きこもる場所が変わるだけだろう!」


 と、口々に言った。皆、特に心配してないらしい。

 すがるように弟の方を見ると、


「少しは心配だけど、姉さんなら大丈夫だと思うよ。ダメだったら、他の令嬢と同じように婚約を解消すればいいと思う」


 優しい言葉ではあったものの、引き留める言葉ではなかった。


 こいつら、私のことをなんだと思ってるんだ。そう言ってやろうとしたが、何を言われてものらりくらりとかわし、家に引きこもっているという現状があるので、何も言えなかった。


 こうして、グラシア・マルチェナは皇帝の婚約者になることが決まった。




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