また、金木犀の季節に

 「あー! 今日もやりきった!」


 18時を過ぎてようやく退勤時間だ。

 今日も仕事をなんとか定時でやり過ごした私はオフィスを出る。

 

 ――頼まれたって残業なんかしてやるもんですか。


 心の中でひっそりと毒づきながらエントランスを出た瞬間、ふわりと金木犀が香る。

 

 今日は絶対残業なんかいたしません。

 推しのドラマの日は定時退勤。これは、私の中の鉄則だ。

 夕飯を買いに会社近くのスーパーの方角へ足を向け、カツンとブーツの踵を鳴らすように歩きだす。


 スーパーでお惣菜とお酒を選び、次に向かったのは……なぜかお菓子。

 しかも、駄菓子。

 懐かしさが込み上げるお菓子たちを見ながら、ふと手が重なる。


 「あ……すみません」

 低い男性の声。顔を上げると記憶にある面影がそこにあった。

 私は思わず声を上げる。


侑史ゆうし……?」

 男性が目を丸くして言葉を返してくる。

 「もしかして、瑞希みずき!?」


 ――なんでよりによってここに侑史がいるんだ。


 「侑史……、どうしてここにいるの?」

 「こっちのセリフだよ。なんで瑞希がここにいるんだよ」


 侑史は高校の時に付き合っていた元彼。

 嫌いになって別れたわけじゃない。でも卒業後自然消滅して、そのままだった。

 胸の中がじわりと熱を持つ。


 「……別に、たまには駄菓子もいいかなーって」

 「子供かよ」


 他愛のないやり取りがあの頃と同じように繰り返される。

 私の目に熱いものが浮かんでいた。


 「……なんで、ここで会っちゃうんだろうね」

 ぽつりと呟く。


 忘れたはずだった想いが溢れそうになる。

 痛みなんて忘れたはずだったのに、心がチクリとする。


 目を逸らし、侑史が口を開く。

 「……これも縁だったんじゃねーの?」


 金木犀の香りが、またふわりと漂う。

 それはまるで、あの頃の続きを運んできたみたいだった。


 ――忘れられなかった。やっぱり、この人が好きだ。

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