第2話

組高の入学式は、想像通りに張り詰めていた。


体育館の壇上には巨大な「誠」の旗が掲げられ、その下に並ぶ職員たちからは圧が漂う。

広い体育館に集まった新入生たちは誰一人として声を上げず、しんとした空気の中に咳払いひとつさえ響くほどだった。


「諸君」


壇上に立ったのは、花村茂はなむらしげる

真っ白な頭髪に立派な口ひげが映える老人で、組高設立当初から校長として君臨し続けている。

長年にわたり数多の英雄を育て上げてきた、教育者。


「まずは入学おめでとう」


低く重い声が会場に響く。

生きる伝説としてこの場所から数々のヒーローを送り出してきた、組高の校長の言葉。

和樹も息を呑んで聞き入った。


「たくさんのライバルとの競争を勝ち抜いた、精鋭がここに集っている。

  ――だが、」


花村はそこで言葉を切り、生徒たちの顔をゆっくりと見渡した。

張り詰めた空気がさらに硬くなり、会場のあちこちで喉を鳴らす音が重なる。


和樹もまた、ごくりと唾を飲み込んでいた。

夢にまで見た組高。 だが今は、背筋に冷たい汗が伝っていく。

――だが――、何を言う?


前の席の生徒が小さく震えていた。

別の列では、別の少年が自信満々に顎を上げている。

一人ひとりの表情が、この先の覚悟を映していた。


花村は一瞥を終えると、口元をゆるめる。


「君たちはこの間まで中学生だった、少年たちです。

受験は大変だったでしょう。

――よく頑張りましたね」


張り詰めた空気が一瞬、揺らいだ。

想像したどの言葉とも正反対で、あまりに優しい言葉。

和樹は拍子抜けし、思わず目を瞬いた。


「いずれ君たちは“誠”を背負い、この国と国民を守る存在になる。

けれどここは高等学校で、君たちはまだ十五、六の少年だ。

学生らしく、学び、遊び、大いに成長しなさい。

高校生として楽しい学生生活を謳歌しなさい。

……そんなに殺気立つ必要はない。

ほら、肩の力、抜いて!」


花村はそう言って、壇上でふわりと肩を上下させてみせた。

おどけたような笑みを浮かべている。


和樹は開いた口が塞がらなかった。


――これが組高の校長? 本当に?

何か試されているんじゃないのか?


周囲の新入生たちも同じように動揺し、互いに顔を見合わせている。

しかし花村は、その空気さえ楽しむように微笑み、手をひらひらと振った。


「まぁ、じいさんの長話は飽き飽きするだろうから。

――君たちと三年間を過ごす、各クラスの担任を紹介しよう」


その言葉に、緩みかけた空気が再び引き締まった。

一瞬にして視線が壇上の扉へ集まる。


組高の担任は、毎年現役の隊士から選出される。

昨年は入隊から間もない新鋭の七番隊から菫班すみれはんが選出され、ニュースでもかなり話題になっていた。


毎年「今年はどの隊からどの班が選出されるのか」と、様々な憶測でネットが盛り上がる。

そして、今年は「有力な説」として、ひとつの名が挙がっていた。


扉が開く。


空色の羽織を纏った三人の影。

影がこちらに歩み出るたびに空気が震え、光が差し込むような錯覚すら覚える。


「――新選組、四番隊、桜班の三名、前へ」


花村の紹介にざわり、と会場が揺れた。

国民的英雄。その名を知らぬ者はいない。


「そろそろ桜班が選ばれるんじゃないか」「最近桜班が組高に出入りしてるらしい」「まさか」「ついに」


ネットで噂されていた様々な言葉が頭の中を駆け巡る。


――――やっぱり。


誰もがテレビで見てきた存在が、今、目の前に立っている。

和樹の心臓が跳ね上がった。

五年前、自分を救ってくれたあの背中。

金色の髪と、空色の羽織り。


あの英雄たちが――俺たちの担任に。

胸の奥が熱く燃え上がり、視界がじわりと滲んだ。

夢は、現実になろうとしていた。

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