第3話

「桜班だ……!」


誰かの小さな声が、会場全体の思いを代弁する。


圧倒的実力で数々の功績を残してきた新選組の花形。

テレビやネットで何度も映されてきた、憧れの象徴。

その本物が、今まさに自分たちの前に立っている。


和樹は喉が渇き、胸が苦しくなるのを感じていた。

夢のような光景。だが夢ではない。そして、何千回とみたニュース映像でもない。

その場の熱気、息遣い、すべてが現実だ。


壇上の花村校長が笑みを浮かべながら、手をひらひらと振った。


「ほれ、自己紹介してみ」


あまりに気楽な一言に、場内の空気が一瞬揺らぐ。

この三人も組高の卒業生だ。

花村校長にとっては彼らも教え子の一人にすぎないのかもしれない。


三人は視線を交わし、それぞれ一歩前に出る。


---


最初に立ったのは、黒髪を襟足で結んで肩口にゆるく流した青年だった。

切れ長の瞳が会場をゆっくりと見渡す。

どこか飄々としていて、掴みどころがない。

しかしその立ち姿には不思議な安定感があった。


「えー、い組担任、土屋夕つちやゆうです。……まあ、あんまり気負わず、楽しくやろうな」


軽い口調でひらりと掌を振る。

不思議と緊張が和らぐ、魔法のような空気感。


――土屋つちや ゆう

現役隊士の中で最年少幹部に抜擢された秀才。

数々の難任務を成功に導いてきた切れ者であり、ニュースや記事では「次期局長最有力候補」と語られてきた。

飄々として掴みどころがなく、それでいて底が見えない。


夕は生徒たちの反応など意に介さず、あっさり一歩退いた。

そして隣の青年が半歩前に出る。


---


金色の髪が、照明を反射して眩しく輝いた。

鋭い眼光、小柄だが無駄のない体躯。

立っているだけで「戦場の匂い」を纏う青年。


「ろ組、八月一日夏ほづみなつ


それだけ短く名乗って、すぐに半歩下がった。

あまりに淡泊な挨拶に一瞬会場がざわめき、生徒たちは互いに顔を見合わせる。


だが、その揺らぎすらも制圧するような、圧倒的な存在感。


――八月一日ほづみ なつ

数々の実戦で武功を挙げ、名を轟かせてきた戦闘の申し子。

「新選組最強」とまで言われる青年。


和樹の心臓が激しく跳ねた。

五年前。暴動に巻き込まれた自分を救ったのは、この人だった。

金髪をきらめかせ、刃物を振り上げた暴徒を一瞬で制圧したあの姿。


胸の奥が熱く疼く。視界が滲み、息が荒くなる。


現代に蘇った新選組を「おままごと」「政府の人気取り」と揶揄した世間を、

実力で黙らせた存在。


---


最後に前へ出たのは、春風のように明るい笑顔を浮かべた青年だった。

柔らかな茶髪、端正な顔立ち。

舞台に立った瞬間、会場全体の視線をさらっていく。


「一年は組、担任の先生、桐谷薫きりたにかおるです。みんな、三年間よろしくね~!」


両手を振りながら花が咲くように微笑む。

緊張で強張っていた新入生たちの顔が、次々とほころんでいく。


――桐谷きりたに かおる

容姿端麗で社交性抜群、誰とでもすぐに打ち解ける天性の愛嬌。

メディアへの露出も多く担い、ニュースでは「新選組の王子様」と呼ばれ、アイドル顔負けの人気を誇る。

”華の5期生”と呼ばれる、組高の歴史でも豊作の年と言われた代の卒業生で、夕や夏よりも一学年後輩であるにも関わらず桜班に抜擢されたことからも実力者であることは間違いない。


今も彼の一挙手一投足に、会場が自然と沸いていた。

画面越しで見ていた時以上に、薫の華やかさは圧倒的だった。


---


三者三様。

飄々とした参謀、無口な最強、陽気な王子。

そのどれもが桜班であり、三人が並ぶ姿は、一枚絵のように映えた。


---


「――本物だ…」


隣から小さく漏れた声に、和樹は振り返った。


「あ、あはは、ごめん。オレ、このためにすごい受験頑張ったからさ…!」


しっかりした眉を下げ、照れくさそうに笑う少年と視線がぶつかる。

太陽のような笑顔に、和樹は「圧倒的光属性…」と心の中でつぶやいた。


「わかるわかる。俺もだよ」


自然と返すと、少年はぱっと笑みを広げて、真っ直ぐに手を差し出してくる。


「オレ、豪川ごうかわショウ。君は?」


「あ、俺は清水。清水和樹」


差し出された掌をしっかりと握り返す。

その瞬間、胸の奥にあった不安が一気にほどけていった。


「よかった、誰かと話せて。誰とも話せないんじゃないかって思ってたんだ」


「そう?豪川くん、友達すぐできそうだけどなぁ。けど俺も不安だったから、うれしいよ」


「友達かぁ。いいね!」


ショウは豪快に笑った。周囲を照らす光のような笑顔。


和樹もつられて表情を緩める。

英雄に憧れて入学したこの学校で、自分にも最初の友達ができた。


ここから始まる三年間は、きっと特別なものになる。

和樹はそう信じて、ショウの手を強く握った。


―――その時。


「そこ、離れなさい」


壇上から低い声が降った。


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