第一部
第一章
第1話
二十一世紀の日本は、もはや安全な国ではなくなっていた。
経済の停滞、格差の拡大、政治不信。
鬱屈した人々の不満はデモや暴動となって街を覆い、治安は急速に悪化していく。
かつて「世界一安全」と言われた国は、いまや犯罪とテロに怯える国へと変貌してしまった。
警察はすでに限界を迎えていた。
自衛隊も治安維持の名目で出動するようになったが、それは「国内で軍を動かす」という危うさを孕む。
政府は批判を避けつつ、強力な治安維持組織を求め、そして――ひとつの名を呼び覚ました。
新選組。
かつて幕末の京都で治安維持にあたり、時代を駆け抜けた集団。
その「誠」の旗印は、百五十年の時を越えて再び掲げられた。
現代に復活した新選組は、国家直属の武装組織として編成される。
装備は最新、戦術は現代的、精神は武士道。
空色の羽織をなびかせ、最前線で暴動や犯罪を鎮圧する彼らの姿は、ニュースやテレビで見ない日はない。
「誠」の旗印は治安を守る絶対的な象徴であり、国民にとってはヒーローの証だった。
だが一方で「国家の犬」と揶揄されることもある。
それでも、確かに彼らは日本の治安を繋ぎ止めていた。
新選組になる道は決して容易ではない。
神奈川県の丘陵に建つ全寮制の男子校――
倍率はおよそ八十倍。並々ならぬ努力で受験戦争を勝ち抜いた精鋭のみ入学を許される難関校。
そこでは知力と武力を極限まで叩き込まれ、過酷な三年間を生き抜いた者だけが、新選組隊士の資格を得る。
英雄を生み出す揺りかごであり、多くが夢破れ去る険しい監獄とも呼ばれる。
***
その校門の前に、ひとりの少年が立っていた。
真新しい制服に身を包み、胸の奥で熱い鼓動を感じている。
五年前の夏。
暴動に巻き込まれた彼を救ったのは、新選組の精鋭――桜班だった。
金色の髪を太陽にきらめかせ、刃物を振り上げた暴徒を一瞬で制圧した青年。
その姿は、幼い和樹の心に焼き付き、今も消えることはない。
あの日から、少年はずっとこの場所を目指してきた。
努力は無駄にならなかった。
勉強も武道も走り込みも、全部が今日へ繋がっている。
ついに夢の舞台、組高の門をくぐる時が来たのだ。
校庭の奥にそびえる校舎は威容を誇り、空には大きな「誠」の旗が翻っている。
集まってくる新入生たちは、皆同じように緊張と興奮を顔に浮かべていた。
これから三年間、彼らは競い合い、鍛えられ、ふるいにかけられていく。
和樹は拳をぎゅっと握りしめた。
英雄に憧れた少年は、いまその背中を追うために第一歩を踏み出す。
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