第1話 時計台の天女

「さぞや立派な時計台――なんだろうけどねえ」

 雷の夜から数日。今日はよく晴れた空が頭上に広がる。私は、隣県のとある町役場の前に立っていた。

 青く染めた短髪をかき上げて見あげると、これまた青い工事用ネットをはためかせ、時計台がそびえている。後輩の真白がくくった黒髪をいじりながら、塔の足元の石碑を読み上げた。

「七十年前に作られたカラクリ時計台、だそうですよ。文字盤の下の小扉から、毎時人形が現れるとか」

「その人形が、そちらの子か」

 くだんの人形は塔から下ろされ、町長の腕の中に納まっていた。

 白いおしろいをした美女の人形だ。高く結った黒髪、そこに飾られた金細工、そして繊細な羽衣――天女を模したものだと一目でわかる。しかし虹色の袖は今や焼け焦げ、美しい白木の肌にも大きくひびが入っていた。町長が深くうなずいた。

「先日の落雷で時計台が被害を受けまして。時計自体は直りそうなのですが、この人形の修理にどうにも困っておりましてな」

 私と真白で運営する、よろず相談窓口〈クーハク〉。本日の依頼は時計台の天女を修理すること。

 だけどそういうのって普通、その道のプロに頼まないかな。首を傾げていると、町長は「まあ見ればわかりなさる」と人形をベンチに置いた。

「ほらたとえばこの虹色の衣装。新しいものを仕上げられましたので、焼け焦げたものと交換しようとするでしょう」

 と、人形の服を脱がせようとすると。

 べしっ。

 人形が木製の腕を振るって、町長の手を払いのけた。

 偶然ではない。何度手をかけても、服の襟元を広げる前に人形は町長の手を攻撃する。しまいには小さな全身で飛び跳ねて町長にぶつかっていく有様で、町長は両手を肩の高さに上げ降参を示した。

「この通り、人形自身が修理を望んでいないのです」

「えーでもそれって男の人に着替えさせられるのがヤなだけじゃないですか? 女の子の嫌がることするもんじゃないですよ」

「先輩、ツッコミどころそれでいいんですか」

 人形が動いてるんですが、と呆れた声の真白を無視して、私は人形を抱き上げた。

「私が担当するからね、綺麗な服に着換えようか」

 優しく声をかけてから服の襟に指を伸ばす。人形だろうと人間だろうと尊厳は守られなければならない。きちんと説明をした上で敬意をもって取り組めばこの通り。人形は私の手の中で鮮魚がごとくビチビチと跳ね、地面に逃れた末私の足をゲシゲシと踏んだ。悲しい。

「くっ、女性わたしがやってもダメだったか……。残るチャレンジャーは真白一人」

「自分男なんですけどその点は良いんですか?」

「性別問わず暴れるってわかったからもう関係ないかなって」

「チャレンジする前にお祓いすべきじゃないですかね」

 ぶつくさ言いながら真白が人形を抱き上げた。天女はその両手の筒からロケットがごとく飛び出し真白に頭突きした。

「……いい度胸です。雷で燃え尽きておかなかったことをゆっくり後悔させてあげますよ」

「真白、ライターしまって。依頼は修理することだから」

「本人が嫌がってるのにどうやって修理するんですか」

「そらまあ、何が嫌なのかじっくり聞きだすしかないんじゃない?」

 とはいえ人形はしゃべらないし、私にはこの子が嫌がってるってことしかわからない。もっと人形の気持ちがわかるような……たとえば作った張本人とかなら、原因を想像しやすいんだろうけど。

「あの。この子を作った作者さんって」

「ああ、ずいぶん長生きなお方だったんですがね。つい先日。ニュースにもなっていましたよ、ほら、人形職人の甘楽かんらスミヱです」

 そう言われて、ネットニュースの話題を思い出した。有名な人形職人が百九歳で亡くなったとか。

「実は彼女はこの町の出身で、時計台のデザインをしたのも彼女でして。時計台の中に資料室がありますが、ご覧になりますかな?」

 町長に言われて、私は人形を抱き上げうなずいた。

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