絡繰天女:青梅ヶ原クウの非日常

矢庭竜

プロローグ 幕電

 私は青梅ヶ原おうめがはらクウ。よろず相談窓口〈クーハク〉を運営する二十八歳だ。一日の仕事を終えて、夜。アパートへバイクを走らせながら見上げると、東の空が光っていた。

 バイクを止めてしばらく眺める。ピカッ、ピカッと数秒ごとに積乱雲のふちから光が放たれる。夜空に沈んだ暗い雲はそのたび白く浮かび上がり、まるで誰かが雲の中に閃光弾を投げ上げているみたい。着信音が聞こえてきて、私はスマホを手に取った。

『先輩、今日雷ですよ。空見えます?』

 電話の相手は日野ひの真白ましろ、一緒に働く後輩だ。

 秘密の宝物を自慢するような声に、ひとつ結びの黒髪が揺れるのが目に浮かぶ。ひとつ年下のこの男は日頃は愛想がないくせに時々こうして子供っぽさを見せる。私は小さく笑って言葉を返した。

「ああ、あれって雷なんだ? さっきから何だろなって思ってた」

『なんだ、気づいてたんですね。幕電、またはくも放電です。落雷より音が小さいので、空を見てなきゃ気づかないと思ったんですが』

 雲の幕を通した光は白熱電球のように柔らかいが、たまに雲の合間から光の核が目を射抜く。御簾が揺れて、天女の顔が見えたような――見ちゃいけないものを見たような、畏れ多い気持ちになる。

『せっかく教えてあげたのに面白くないですね。今後は自分が声かけるまで足元だけ見て過ごしてください』

「おまえは私の何なんだよ」

 落雷になるだろうか。心の中でつぶやいたとき、ジグザグの光が雲の間に生まれ、地面に吸い込まれていった。遅れてゴロゴロと低い音が天を揺らす。雨になる前に帰ろうと、私はヘルメットをかぶり直した。

 とある依頼が事務所に舞い込んだのは、それから数日後のことだった。

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