第二章 白骨の夢
第一節
大倉庫:E
あれから三日。ハナモモは戻らず、アヤの死についてもなにもわからないままだ。
ハナモモを襲ったあの影のようなものは、
ルイはいつもと変わらない顔で、「諦めよう。ハナモモは帰ってこないよ」と言った。
反論するにも言葉が出てこなくて、そのまま、ルイとミノリとはあまり話さなくなった。廊下で出会っても軽く挨拶をする程度だ。
諦める。たしかに合理的なのかもしれない。俺にどうにかできる自信もない。でもハナモモは助けを求めているんじゃないか。放っておいていいのか。思考がぐるぐる巡って答えが出ない。
靴を履き、部屋を出る。
ハウスでの生活にはまだ慣れない。とにかく勝手が違いすぎる。こっちはまだハウスでの生活を受け入れられたわけでもないのに。
物資は
小倉庫の戸を開ける。
埃まみれの棚を漁って食料を探すが、めぼしいものがない。見たことのない不気味な缶詰や食べられるのかわからないカチカチの青白いパンはあるが、こんなものを食べて生き延びるなんて癪だ。
なんでこんなに泥臭く生きなきゃいけないんだ、異世界転生ならチートスキルのひとつやふたつあったっていいんじゃないのか。
心の中で女神(仮)に悪態をつきながら、しぶしぶエレベーターに向かう。
確か、大倉庫のある大広間には階段でしか行けなかったはずだ。エレベーターで二階まで行って、そこから階段を使おう。
一体どうしてこんなに不便な作りをしているんだろうな。
ガコンと大きな音を立て、エレベーターが四階にやってくる。
そういえば呼び出しボタンが上下に分かれてないな、とぼんやり考えながら、行き先階ボタンを押した。
エレベーターに乗るのは、ハウスに来た初日以来だ。相変わらずガタガタと不安になる音を立てながら、ゆっくりと降下していく。
ガコン。
大きな音を立て、エレベーターが停止する。
三日ぶりの二階だ。たしかルイのヤツが「大先輩しか住んでないから、うーん、ちょっと気をつけてね」なんて言っていた階層だな。大倉庫に近いから比較的物資が豊富らしい。
エレベーターを降りて廊下に出る。
改めて見ると、だいぶガタがきてるな。どう見ても腐りかけの柱、割れて穴が空いた床板、ガムテープで無理やり貼り付けた照明。家具や植物を配置してなんとか綺麗に整えられてはいるが、ボロさは四階以上かもしれない。
ルイの言葉を気にかけたわけではないが、本当に怖くはないが、なんとなく忍び足で廊下を進む。
一際目立つ大きな階段を下ると、見覚えのある景色が目に飛び込んできた。
チグハグなインテリア、吊り下げられたシャンデリア。大広間だ。
壁一面に大きな扉が並んでいる。
そういえば、十四個ある大倉庫に、なにがどう振り分けられて保管されているのか全く聞いていないな。食料ひとつ欲しくてもしらみつぶしにするしかないのか——。
憂鬱な気持ちで、階段から一番近い扉に手をかける。ドアノブのあたりに「E」と書かれた木製の札がかけられた、金属の扉だ。
頼む、ここにあってくれ。できるだけおいしそうな食料が。できればおむすびや麦茶なんかが。
ギィと大きな音を立て、大倉庫の扉が開く。
無造作に積み上げられた木箱、その間にかけられた不釣り合いなレースカーテン。
——人影だ。二人分。レースカーテンの向こうに誰かがいる。話し声も物音もしない。無言で、ただそこにいるだけだ。一方は立っているが、もう一方は床に座っている?
数秒迷って、カーテンを掴む。
捲れない。
いや、大丈夫だ。きっと二人で話しながらのんびり物資を漁っていたんだろう。突然扉が開いて、驚いて黙っているだけだ。向こうも俺を警戒してるんだ。そう、きっとそうに違いない。
一思いにカーテンを捲り上げる。別にそのまま部屋を出たってよかったんだと、気付いたときには遅かった。
白いストレートヘア、栗色の瞳、緑色のスカートを履いた女。床に座り込んで、目に涙を浮かべ震えている。
立っていた背の高いヤツはいない。床に残された黒い染みが、ブクブクと泡立っている。
あの影と同じだ。ハナモモを連れ去った、ムクロの影。立っていたヤツはムクロに連れ去られたのか。一体ここで何が——。
「——あ」
俺が声を上げるより早く、その女が口を開いた。
「あの……ごめんなさい、邪魔して……」
積み上げられた木箱を掴んでふらりと立ち上がり、おぼつかない足取りで俺の横を通り過ぎる。
「ま、待ってくれ。ここで何を……いや、それよりも、そんな状態でどこに行くんだ。ひとりじゃ危ない。俺でよければ……」
付き添うよ、と言おうとしたが、小さく頭を下げてそのまま外に出て行ってしまった。
追っていいのかもわからない。ムクロの案件なら放っておくべきなんだろう。リスクがありすぎるし俺にはどうせ解決できない、諦めるのが合理的だ。俺はなにもしないべきだ。全てを忘れて、何事もなかったかのように——。
——本当に?
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