影の骸

 ボサボサに乱れた、バターイエローの髪。見たところ十二か十三の子供だろうか。大門でハナモモを庇っていたヤツだ。いつのまに現れたのか、俺の後ろで俯いている。


「ハナモモは……ハナモモは、ただたまたまヽヽヽヽ、あの場に居合わせちゃっただけなんだよ。キーゼルさんもルイさんもみんな誤解してる」


 服の裾をぎゅっと掴み、肩を小刻みに震わせながら言う。嘘を吐いているようには見えない。


「そっか。君はなにか知ってるんだね、タルトヽヽヽ。教えてくれない? 昨日なにがあったのか」


 タルトと呼ばれたその子供が顔を上げ、じっと俺の目を見る。ルイ、ミノリ、俺とぐるりと見回すと、一度目を瞑り、深呼吸をして口を開いた。


「……昨日、ハナモモは大倉庫に行ってたんだ。新しいかんざしを探すって」


 ひとりずつ順番に目を合わせながら、落ち着いた調子で話す。


 簪。確かにアイツは、髪に簪を挿していたな。

 淡い髪に花の簪、衣服も相まって、どこかの国の姫君のような姿をしていた。


「でもその途中で、神殿に向かうアヤさんを見たんだよ。それを追いかけて——」


 タルトの声が、ドアを開く音にかき消される。


 古びた木製の扉。その向こうに、覚えのある顔が立っていた。淡い髪、花の簪。間違いない。


「——ハナモモ」


 ハナモモはタルトの横に立ち、恐る恐る口を開いた。


「……あのう……話します、ちゃんと。昨日なにがあったのか……タルトからじゃなくて……」


 胸元をぎゅっと掴み、小さく震えている。


「いいんだよ、無理しないで。ボクが全部説明しておくから」


 ハナモモが首を横に振り、タルトの手を握る。


「わたし……アヤさんが神殿に向かうのを見て、なんだか不安になって、追いかけたんです。あの、ほら、神殿って……こわいところじゃないですか。それで、追いかけたんですけど……アヤさん、ちょっと様子が……いつもと違う……おかしくて」


 しどろもどろに言葉を連ねる。慎重に言葉を選んでいるんだろう、ときどき「えーっと」とか「あの」とか言いながら、続きを話してくれた。


 要するに、ハナモモの主張はこうだ。


 大門——ハナモモは神殿と呼んでいる——に入ったアヤが、突然笑いながらくるくる踊り出した。困惑するハナモモをよそに、アヤは魔術ヽヽのような不思議な力を使って、大きな爆発を起こした。その爆発によって、甘い香りのするミストがあたりに充満。それを吸うと意識が遠のいた。ハナモモは袖で口元を覆ってやり過ごしたが、アヤはそのまま眠るように倒れてしまった——。


 ルイやハナモモの話を聞くに、大門だとか神殿だとか呼ばれているあの場所には、なにか特別な性質があるようだ。それがなにかはわからないけれど、きっと、アヤはそのせいで気が触れてしまったんだろう。


 そう思ったが、ルイの反応は違っていた。


「うーん……君の言いたいことはわかったんだけどさ。アヤってそんな力持ってたっけ」


 ハナモモがぎゅっと唇を噛む。

 口を開きかけたタルトを静止して、ルイが続ける。


「アヤは魔術を使えなかったはずだよ。しかもあんな音が鳴るような大規模な魔術……ハウス中探したって、片手で数えられるくらいしか使える人いないんじゃない?」


 心なしか苛立った様子のルイに、ハナモモが涙を浮かべる。


「わ、わたしもわからないんですよぅ……どうしてアヤさんがあんな……わたっ……わたし、わたしもアヤさんはあんなこと……魔術なんて使えないと思ってましたからあ……」


 わかんないならしょうがないね、と言って、ルイが壁にもたれた。ハナモモは静かに泣き出し、タルトがその背中を撫でている。


 気まずい沈黙が五分ほど続き、ついにハナモモも泣き止んだ頃、意外にも、その空気を破ったのはミノリだった。


「——あの、ハナモモさん。信じます、私。アヤさんの……大門であったこと」


 ミノリはハナモモから視線を外さず、どこか慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと息を吸った。


「私も前に……大門で不思議なことがあったんです、だれにも言えずにいたけど。魔力を扱えないはずの人が、魔力の暴走で死にかけました。今回の話に似てるなと思って……」


 怪訝そうなルイと、ミノリを注視するタルト。

 ハナモモは少し目を見開いて、口をぽかんと開けている。


「一回ちゃんと、大門を調べてみませんか。ここにいるみんなで……取り返しのつかないことが、これ以上起きる前に。その価値があると思うんです」


 ——驚いた。ミノリってこんなにたくさん喋るんだな。


 ハナモモとタルトも同じように思ったようで、驚いた顔で目を見合わせている。

 ルイはルイで、なにか違和感があるようだ。やっぱり普段の様子と違うんだろう。昨日はとくに静かだったにしたって、今朝ももう少し控えめな雰囲気だったもんな。


 ミノリが四人の顔を順番に見回す。ルイ、ハナモモ、タルト、そして俺。


 初めに、ハナモモが口を開く。


「……わたしは……わたしも、心強いですう……みなさんが一緒に調べてくださるなら……」


 それを聞いて呼応するようにタルトも同意する。

 ルイが小さくため息をついて、俺の顔を見る。君はどうするの、と聞いているようだ。俺が行くと言えばルイも来るつもりなのだろう。


 もちろん、返事は決まっている。せっかくミノリが勇気を出して切り出してくれたんだ。


 息を吸い、「俺も行くよ」と言おうとして、口を閉じる。


 廊下の隅で、なにかが蠢いている。黒い。影か?

 なにかヽヽヽはどろどろと伸びて、大きく重なっていく。心なしか骸骨のような——。


 ルイが「走って」と声を張る。

 気付いたときには遅かった。ハナモモの肌に貼りついて、ブクブク泡立って、体に吸い込まれていく。

 足が震えて動けない。ハナモモの全身が黒く染まり、そのまま、地面に溶けていった。

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