ハウス

 異世界転生。あまりにも現実離れした話だと自分でも思う。でも、そうだとすると納得がいく部分が多いのも確かだ。

 大きな祭壇のようなモノ、チグハグなインテリア、武器や杖を持った人たち。むしろ、異世界転生でもなければ説明がつかない。


 悶々としながら思わず頬をつねると、ルイが頓狂な声を出す。


「なに、どうしたの。ぼーっと遠くを見てると思ったら今度は顔をつねるって。なんか変だよ、混乱してるのはわかるけど」


 その言葉にハッとして視線を戻した。


「ご、ごめん。夢かもしれないと思って」

「気持ちはわかるけどね」


 心なしかほっとしたような面持ちで、ルイが一口水を飲む。いつのまに置いて——いや、その前に、俺の飲みかけの水だ。別にいいんだけど。コイツは気にならないのか?


「あ、いいよ。お待たせ、挨拶してあげて」


 その言葉を聞くと、立ったままだった女が「うん」と返しながらさっきのソファに腰掛けた。

 声、初めて聞いたな。


「はじめまして、トウマさん。私はミノリっていいます。ルイ君ヽヽヽみたいに頭がいいわけじゃないし、あんまり役には立たないかもしれないけど……できるだけ力になるから、困ったことがあったらなんでも言ってください」


 これからよろしくお願いします、と深々頭を下げられ、こちらもつられて会釈する。


 品のある声だ。

 髪は顎くらい、瞼は線を引いたような二重。本当にアイドルかなにかなんじゃないだろうか。


 ミノリはそっと立ち上がると、机に置いてあった水を持って、ルイと目を合わせた。


「うん、じゃあ今度こそ行こうか。ハウスヽヽヽを案内してあげるよ」


 耳慣れない言葉に身構える。いや、言葉そのものはむしろ数えきれないほど聞いたことのあるものだ。ハウス。家。住宅。でも、この場所で耳にしたことはない。というか、固有名詞としてそれ単体で使うことはあまりない。


 ルイが立ち上がり、俺の横にやってきて手を差し伸べる。


「立てる?」


 その手を振り払う。子供扱いするなよ、と言うと、ごめんごめんと楽しそうに笑った。


「ああ、まずこの場所ね。ここは大広間だよ。見ての通り広いだけでなにもないけど、大倉庫だいそうこはだいたいここと繋がってるから、物資が足りなくなったらここに来てね」

「大倉庫……?」


 ルイは部屋の隅に向かうと、大きな扉に手をかける。ギィと大袈裟な音を立てる扉の向こうには、木箱や家具が無造作に積み上げられていた。


「こうやって、いろんな物資を保管してるのが大倉庫だよ。全部で十四個あるんだけど、そのうちの二つは貯水槽だね。片方は開けられないようになってるから、水が必要になったらあの黒い扉ね」


 大倉庫の扉を閉め、隣の階段を指差す。


「わかると思うけど、この下がさっき君がいたところだよ。神殿って呼んでる子が多いかな。僕は大門って呼んでる」


 ぺらぺらと慣れた口調で話しながら、今度はくるりと振り返って上りの階段を指差す。


「こっちは上の階層に通じる階段ね。大広間から別の階層に行けるのはここだけだから覚えといたほうがいいよ」


 そのまま階段を登ると、今度はその階層について説明を始める——。


 繰り返すこと、約一時間。一度もペースを落とすことなく、淡々と建物の構造を教えられた。

 もう序盤に聞いた内容は覚えていない。階段を登り続けたせいで足も疲れ果てている。


 とにかく、ここはハウスと呼ばれる建物で、何十階もの高さがあるが全貌は誰にも把握できておらず、外に繋がる扉はなく、窓もない、とのこと。

 俺がなにかを言う前に、外に出るのは諦めたほうがいいよ、と釘を刺された。


 余談だが、この建物には魔力ヽヽを扱える人が一定数いるらしい。

 そう多くはないが、人の姿をした人ならざるものも紛れ込んでいて、中には凶暴な輩もいるから注意するようにと——。


 ——もう、完全に異世界転生で間違いないだろう。俺は死んだんだ。そうして、この建物に転生してきた。わけがわからないが、この目に映る現実がそう告げているんだから認めざるを得ない。いや、認められないが諦めざるを得ない。


 促されるまま巨大な箱に入ると、ガタガタと音を立てながら降り始めた。なるほど、エレベーターか。


「この先は四階、僕とミノリが住んでる階層だよ」


 それはいいが、足が悲鳴をあげている。

 今いた階層が十八階だったから、つまり、俺は十八階分も階段を登ったってことだ。


 さぞ疲れているだろうとルイを見て、俺の期待は砕かれた。

 息を切らすどころか疲れた顔ひとつせず、一時間前と変わらない様子で、エレベーターの仕様やら注意点やらについて話している。簡単な衝撃で落下するから飛んだり跳ねたりしないようにね、だそうだ。するわけがない。


 ガコンと大きな音を立て、エレベーターが停止する。


「お疲れ、着いたよ。ここが四階。今は全部で七人暮らしてる。人も部屋も少なめだし、娯楽もなくてつまんないけど……いいとこだよ」


 そう紹介された四階ヽヽは、たしかに物寂しい場所だった。広い廊下に足音が吸い込まれる。

 色あせたポスターが幾重にも重なった壁、天井からぶら下がる裸電球。廊下の真ん中にはガラス製のショーケースが並び、ボロボロのシュシュやマスコットが飾られている。


 果てしなく思えた廊下を端まで進むと、木で作られた扉が見えた。

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