第四章:そのプロジェクトは、消防法との戦いから始まった。
次の関門は、役所だった。具体的には、消防署である。
「ですから、ダメなものは、ダメなんです」
窓口の、定規で測ったような七三分けの消防士は、真央が差し出した「火気使用許可申請書」を、鼻で笑った。
「まず、会場が木造建築物。この時点で、通常業務用の許可は下りません」
「そ、そこをなんとか……!」
「次に、蝋燭百本。正気ですか? 熱源の数が多すぎる。熱気球でも打ち上げるおつもりで?」
「ち、違います!」
「極めつけは、この添付資料。なんですか、これは。『古式に則り、百話目が終わるまで、扉は固く閉ざす』? 消防法、ご存知? 避難経路の確保は、義務ですよ。これでは、許可など、天地がひっくり返っても出せません」
真央は、三日間、消防署に通い詰めた。毎日、違う理由で、申請書を突き返された。
「蝋燭一本一本の、正確な燃焼時間を分単位で記述してください」
「万が一、本物の怪異が出現した場合の、避難誘導マニュアルがありませんね」
「そもそも、あなたのその服装、燃えやすい素材でしょう。申請者として、自覚が足りない」
四日目の朝。デスクで突っ伏して泣いている真央を見かねて、古賀が、重い腰を上げた。
「……貸せ。俺が行ってくる」
古賀は、真央が作った申請書をビリビリに破くと、PCに向かい、猛烈な勢いで、新しい書類を作り始めた。そこには、もはや、ロマンも、伝統も、かけらもなかった。
【『伝統文化再現イベント』における、複数熱源設置に関する、防火安全計画報告書】
熱源(和蝋燭)は、不燃性のガラス筐体に格納し、周囲に防炎シートを設置。
各熱源間に、消防法で定められた、1.5m以上の間隔を確保。
会場の扉は、電磁ロックで施錠。火災報知器と連動し、有事の際は、0.2秒以内に全ロックが自動解除される。
会場内には、赤外線サーモグラフィを設置し、室温をリアルタイムで監視。
非公式リスク(超常現象)の発生時は、本イベントを『特殊効果を利用した、心理的イリュージョンショー』と定義し、観客の混乱を最小限に抑える。
「……古賀さん。これ、もう、百物語じゃないです。ただの、IT管理された、何かです」
「うるせえ。通れば、官軍だ」
一時間後。古賀は、消防署の「許可」の印が押された書類を手に、何事もなかったかのように、帰ってきた。あの七三分けの消防士は、古賀の完璧な報告書を前に、ぐうの音も出なかったという。
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