第21話 VIPの女性
次はシェラドンレース第5戦シーナGPとなる。シーナ国は新興の大国だ。シェラドンレースの参加もここ3年ばかりだ。だが急速に力をつけてきている。本国開催だから気合が入っているはずだ。ここまでポイントはゼロだ。なんとしても6位以内に入ってポイントを獲得しようと狙っている。
まず公式練習から始まった。各チームのマシンが轟音を上げてコースを疾走している。
この国のレースコースはまだ新しい。その上、よく整備されている。信二は公式練習で走ってみたが、その走りやすさに驚いたほどだ。それはどこのチームもそうだから有利というわけではないが、やはりその方が気分が乗る。
シーナ国は2名のライダーがいる。一人はカルロス。昨年はボンド国のセカンドライダーだった。もう一人はバーバラ。スツーカ国の女性のセカンドライダーを引き抜いたのだ。
今まではマシンのせいでいい成績は残せていない。だが地元開催で新しいマシンを投入してきた。まだ粗削りの未完成品というところだが、そのパワーは他国のマシンを凌駕するとうわさされていた。実際に走行するとかなりいいタイムを出してくる。油断すると寝首を搔かれそうだ。
信二は公式練習をそこそこにして宿舎に戻った。このシーナ国は裕福だ。それぞれのチームを歓待してくれる。まず宿舎だ。それぞれに高級ホテル一棟が貸し切りで供与される。ただ注意しなければならないのは、そこにスパイが紛れ込んでいることだ。マシンやエンジンの秘密を盗んで自国の発展に寄与させようというのだ。過去にそんな事例があったので、マシンやエンジンは厳重に管理されている。
今回のシーナGPを盛り上げようと様々なイベントが行われる。それに伴って各国の首脳も招待された。今回はアドレア女王もやってくることになった。もちろん泊まるのは信二たちのチームが宿舎としているホテルの最上階のスイートルームだ。
信二がロビーにいると、アドレア女王が到着して玄関から入ってきた。公式練習を切り上げたのはこのためだ。信二は彼女のそばに近づいた。
「女王様。お久しぶりです」
「シンジ。がんばっているようですね。今回も期待しています」
アドレア女王はそれだけ言って行ってしまった。その表情と態度は相変わらず冷たい。それに引きかえ、侍女のサキが変に色目を使ってくるが・・・。
「もう少し何かあるだろう。まあいい」
アドレア女王にいいところを見せれば少しはなびくかもしれない・・・信二はそう思った。あれほど熱い一夜を過ごしたのに、ずっとそんな態度をとる女性は信二には初めてだった。
「よし! 今回は女王様を口説こうか。レースの間は同じホテルにいるのだから」
信二はそう心に決めた。今夜はレセプションが宮殿で開かれる。そこがチャンスかもしれない。
夜になり、各国の首脳やレース関係者が招待されて宮殿を訪れた。この日ばかりは正装で臨む。男性は前世のタキシードに似たものだ。蝶ネクタイまで首に結ぶ。女性は色とりどりのドレスだ。それで会場がパッと明るくなる。
シーナGPの開催感謝祭という位置づけだ。VIP席以外は立食という形になる。これでレース関係者を慰労してこの国の心証をよくしようというのだ。まずシーナ国の君主、ペイキン帝王のあいさつから始まる。
(退屈な会だな。またあいさつ回りかな・・・)
VIP席にはアドレア女王が見える。彼女は周囲の首脳と話している。とてもじゃないが近づけそうにはない・・・信二は嘆息した。今回は無理なようだと・・・。
ふと会場に目をやれば、30くらいの美しい女性が2人のボディーガードに付き添われて立っていた。その表情は何かさびしそうに・・・。
(多分、どこかの偉いさんの夫人だろう。夫が忙しいから放っておかれたのか・・・)
信二はそう思った。見れば見るほどその女性の輝くような美しさが際立っている。信二は彼女に魅了されていた。会場では楽団がムーディーな音楽を奏で、ペアでダンスが行われている。
(ひとつ誘ってみるか・・・)
夫がいようがいまいが関係ない。一夜限りの大人の関係だ。夫持ちの方があとくされがなくて都合がいい。もっともばれたらその夫に殺されるかもしれないが・・・。
信二はその女性のそばに行った。ダンスでも誘おうと・・・。彼は少しくらいなら踊れる。だがボディーガードが前に立ちはだかった。それでも信二は声をかける。
「僕はマービー国のレーシングライダーの信二と申します。ダンスの相手をしていただければ光栄なのですが・・・」
「奥様はダンスをなされない。向こうに行け!」
ボディーガードは信二を追い払おうとする。(これはだめだ)と信二があきらめて引き下がろうとすると、その奥様から声がかけられた。
「シンジさんでしたの? お会いできてうれしいわ。ダンスといっしょにレースのお話など聞かせていただいたら・・・」
「奥様! いけません!」
「いいのです! どきなさい!」
奥様は信二の前に出て右手を出した。信二はその手を取って中ほどまでエスコートしてからダンスを始めた。
「私、ダンスは初めてなの」
「僕もです。でもあなたと踊れるなんて幸せです」
「まあ、うれしい」
「僕もです。奥様」
「ナターシャと呼んで」
「ではナターシャ! もっと激しくいきますよ!」
信二はナターシャの体を大きく左右に振った。かなり激しいダンスだ。ナターシャはびっくりしながらもうれしそうだ。笑顔で振り落とされまいと信二に抱きついてくる。
やがて曲が終わった。ナターシャは息を弾ませている。
「ダンスって楽しいのね!」
「はい。こういうダンスもいいでしょう。でも少しお疲れのようですね」
「ええ」
「ではあちらで座って休みましょうか?」
信二はナターシャの手を取って会場の隅の椅子に向かった。ここまでは順調だ。信二のペース通りに運んでいる。
ナターシャは若い娘のようにはしゃいでいた。彼女は若くして結婚したのだろう。楽しいことをあまり知らずに・・・。ならばそれを教えてやるだけだ・・・信二は心の中で舌なめずりしていた。
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